”クラップス”
2.
カジノは、人間のあらゆる感覚を麻痺させる。
カジノは24時間営業でございます。お食事もご用意いたしております。お疲れになったのならホテルのお部屋をおとりしましょう、勿論、夜のお相手もご用意いたしましょう。
ありとあらゆる快楽、時間を忘れさせる仮初の楽園。
そこを出て。
ルフィに引っ張ってこられたのは、巨大なプールだった。
ホテルの外の通りからも見えるようになっているその場所には既に大勢の見物客が群がっていた。
その間をぬって海賊の扮装をしたスタッフがビラを配っている。
ゾロの手にも押しつけられたので手に取るって見ると”海賊ショー!!今夜から開催!海賊対海軍!”と大きく書かれた見出しが目に飛び込んできた。
プールには大きな海賊船と軍艦が既に浮かべられ、ライトアップされている。
赤と金、黒を基調にした海賊船には凶凶しいジョリーロジャーがはためき片方の軍艦には物々しい政府の国旗がたなびきその大砲は油断なく海賊船に向けられている。
「おれ、このショーがすんごく楽しみにしてたんだ!」
どうにかこうにか人を押しのけて潜り込んだ最前列でうずうずと身体を揺らしながらルフィは言う。
そして、海賊船のショーの幕が上がった。
舞台は東の海。
海賊対海軍の戦いの火蓋がきっておとされた。
「降伏せよ。既にお前たちに逃げ場はない」
詰め寄る海軍将校。
しかし海賊船船長は豪快にその要求を突っぱねる。
「おれ達が求めるものは宝と自由だけだ!」
朗々と響き渡る台詞。
「愚かなり・・・海賊どもを殲滅せよ!」
降伏を断った海賊船に次々と海軍の砲弾が発射される。
もうもうと立ち込める煙幕、火薬の匂い。
罵声、怒声。
戦況は圧倒的に海賊たちに不利。
船腹、デッキ、メインマスト・・・海賊船には次々砲弾が命中し海賊たちも海に投げ出されていく。
ボロボロに崩壊した船に残るのは船長ただ一人。
しかし、彼は降伏しない。
とどめの一発が弾薬庫に命中し海賊船は火の海となりもうもうと煙りがたちこめる。
キャプテンは必死に船首へたどりつき、導火線に火をつけて大砲へ押し込んだ。
海軍の船の弾薬庫に命中。
最後の最後、土壇場で海賊たちの大勝利。
「キャプテンウソップは不滅だ!!」
高々と腕を突き上げ、海賊が勝利宣言をする。
わああ・・・と歓声があがり幕は下りた。
「んーと。これで借りは返せたかな?」
三々五々、見物客が散っていくなか、ルフィの声が響いた。
何時の間にか、ショーに魅入ってぼうっとしてしまったゾロは。
「どういうことだ?」
ちょうど自分の顎のあたりの高さにあるルフィの黒い目を、やや顎を引いて見つめた。
少しだけ、不信の色を刷いた緑色の目をルフィは困ったように見つめ返すと。
「さっきの海賊船のキャプテン、見覚えねぇか?」
そう言ってゾロに背を向けるようにしてゆっくりと歩き出した。
その後を追いながらゾロは自分の記憶をたどってみる。
そういえば、観客の歓声に答えている、海賊船のキャプテンの扮装をした男には確かに見覚えがあった。
「あいつは・・・」
思い出した。
確かにさっき、すがりついてきた女が引ったくりだと指差した逃げていく男だった。
あいつら、ぐるだったのか。
「あのな、あいつ・・と多分もう1人いたと思うんだけど、許してやってくんねえかなあ?おれの友達でこのショーの演出兼出演者やってるんだ」
いっつも金に困ってて予算も使い果たして、でもやっとここまでこぎ着けたんだ。あいつがお前からすりとった分は返したと思うんだけど。
話しながら歩いていたのが急に立ち止まり。
そして、ぐるり、と振り向いたルフィにゾロはあやうくぶつかりそうになった。
すぐ目の前、手をほんの少し伸ばせば。
触れられそうな位置にルフィの顔があった。
どうしたものか、とゾロはそのままルフィの目を見ていた。
驚いた。
濁りがない。
曇りもない。
こんな場所でたとえコック見習いとして働いているとはいえよくもまあ、こんな透明さを持ち続けていられるものだ。
それも、何も知らない無知な純粋でなくこの世界の理を知り尽くしているのに。
「・・・わかった。」
「ホントか!?お前、いいヤツだなあ・・・おれお前のこと嫌いじゃねえなあ!」
「何言ってるんだ?お前・・・」
「だってさあ・・・」
ゾロは苦笑してコツン、と軽くルフィの額を小突いた。
小突かれたルフィはそれでも嬉しそうに続けた。
最初詫びのつもりだったけど、ゾロと一緒にいるの楽しかったしさ。
ウソップのことも許してくれてありがとう、とルフィは自分のことのように嬉しそうだった。
「じゃあ、な。今日は楽しかった!」
楽しい時間にも終わりはくる。
「ああ。・・・ありがとう。おかげで助かった」
もっと上手い言葉が出ればよいのだが・・・。
「でも、お前みたいにちゃんと働いてる人間はもうあそこには来ないほうがいいぞ」
謎のような言葉を残して、ルフィとゾロはプールサイドで別れた。
給料の倍もの金を手にしてゾロは自分のアパートへ戻った。
せまいユニットバスのシャワーで軽く汗を流す。
ジーンズだけ身につけてユニットバスから出るとゾロはふーっと大きく息を吐いて首にかけたタオルで髪をかき混ぜるようにして水滴を拭う。
冷蔵庫から冷えたビールの缶を取り出す。
いつもならここで速攻で眠気が襲ってくるはずだが今日はそうではないらしい。
銀色の水滴が滴る缶を片手にゾロは1人でベランダに出た。
何もないところだが、月と海だけは見える場所だった。
自然の風景だけはまだ、平等だ。
夜風にのってプルメリアのほのかな香が漂い。
月が次第次第に海へ降りてくる。
目を閉じると今日のカジノでの光景がフラッシュバックしていった。
瞼の裏側を彩っていく金色を始めとした光の洪水。
その中で存在感を放つ黒。
(・・・ルフィ)
そう、もしここにルフィがいたら。
となぜか焦燥にも似た想いでそう感じた。
**********
来るな、と言われても、どうしても会いたくなり、ゾロはまた次の日も仕事が終わるとカジノへ向かった。
ルフィを見つけるのはたやすかった。
入り口に近いスロットマシンの側で。
ルフィは屈み込んで10歳くらいの女の子と話していた。
一生懸命、何事か話している女の子がぴょこん、と頷くたび、頭の両脇のお下げが揺れた。
「・・・・・?」
一体何を話してるのか、ゾロは気になって2人の側へ歩み寄った。
「だいじょうぶだよ、リカ、さびしくないから!」
ちゃんと、パパやママが戻るまでここにいるから。それにお兄ちゃんももうすぐもどってくるっていってるし。
そう続けたのを聞くと、どうやら両親が一人その子だけを取り残してゲームに夢中になっているらしい。
「そっか。えらいなー、リカは。じゃ、ごホービだ。手だせ。」
えへへ、とはにかむように笑って揃えて出された小さな手に。
ルフィの手からきらきらと銀の粒と金の粒が落とされていく。
金や銀のアルミに包まれたそれは、チョコレートだった。
「ありがとう!・・・あ、お兄ちゃんだ!」
眼鏡をかけた小柄な少年がこちらに走ってくるのが見えた。
じゃあまたね!と女の子は駆け去り。
それに手を振って答えていたルフィにゾロは声をかけた。
「ルフィ」
「よう、ゾロ!・・・また、来たのか?」
ルフィは困ったようにでも嬉しそうに笑う。
「今、出れるか?」
「え?」
意味を図りかねて首を傾げるルフィ。
「昨日の礼がしたい」
そんなに手間はとらせない、とゾロは言い。
ちらり、と天井を見上げ首を捻るルフィを連れ出した。
別に口実は何でも良かった。
ホテルの建っているメインストリートから1つ通りを曲ったこところに。
ハードロックカフェ、という地元のロック好きの若者にも観光客にも人気の場所で2人は夕食をとることにした。
「昨日世話になった礼くらいしねぇとな」
ここはおれの奢りだからどんどん、食ってくれ。
そう言うとルフィは「ホントか!?」と目を輝かせた。
「でもいいのか?おれすんごく大食いだぞ?」
「かまわねえ。好きなだけ食えよ」
ほら、とメニューを差し出してやると、ルフィは嬉嬉として見入り。
「じゃ、このメニューのこのページの上から下まで全部!!」
とろけたチーズをたっぷりふりかけたナチョス、ツナであえたサラダにパスタは1つだけでも軽く3人前以上あってボリューム満点だった。
2人でまず最初に来たそれらを分け合い。
「ここの店、すんごくうめぇ!」
見た目よりも柔らかく、それでいてシャキシャキ感を失わないサラダとタコスにとろとろのチーズとトマトというメニューにルフィはいたく感激した様子で。
知らなかったあ。こんな店があるなんて。
壁とかにかざってあるポスターとかレコードとかわかんないし、どうしてステージあるんだ?
でもあの写真はどっかで見た人間だ?
かつてキングと呼ばれた男の写真を指差してうーん、とルフィは考え込んでいる。
「ここに来てそんなにたってないのか?」
運ばれてくる料理を取り分けてやりながらゾロは尋ねた。
「ん!えーっと・・・3日くらいかな?」
ひいふう・・・とルフィは数え、3本指を立てて見せた。
「それじゃ、来たばっかじゃねぇか・・・もしかしてあのホテルで働くためにか?」
「んん!」
なるほど。追加のアイスティーを2つ、通りかかったウェイターに頼んでゾロは頷いた。
「なあなあ、ゾロォ!ここってサンジのつくるメシと同じくらいウマイぞー!!」
「・・・サンジって奴はコックなのか?」
「あれ?昨日会ったんだっけ?そう、あのホテルと同じ系列のホテルからヒキヌキされてきたやつですんごいウマイ飯を作ってくれるんだ」
やけに親しげで、こちらを見てきた目が気に食わなかったが。
ルフィの話によると腕もよく結構”いいやつ”らしい。
オリーブオイルをたっぷりつかったオナシスパスタが運ばれてきた。
黒いオリーブの輪切りをつつきながらルフィは聞く。
「なあ、おれ、もっとこの街のこと知りたい!あとな、ゾロの家にも行ってみたい!」
さすがに大量の食物の大半がその胃袋に消えて落ち着いてきたのか。
今度はうずうずといった好奇心を隠し切れないルフィにゾロは苦笑し、ウェイターを呼んでチェック(勘定)を頼んだ。
「ああ。じゃ出るか」
店を出て2人は肩を並べて歩いた。
不意に。
ルフィがのんびりと切り出した。
「ところでゾロ。お前、金持ちだと思われてるらしいなあ?」
「やっぱり気づいてたか。カジノから出てきたあたりから見られてたしな。ご苦労なこった」
「見逃してくれる気はねえみてえだぞ?」
「仕方ねえ・・・おい、ルフィ!走れ!」
途端に慌しい足音が聞こえ。
2人の足元にバスッという音とともに発射された銃弾が跳ね返る。
サイレンサーを使用しているため間抜けな発射音は更に数度続き。
(銃か・・・ルフィとおれとで恨みをかうような方は・・・まずおれだろうな)
ゾロはそう判断した。
「ルフィ!そこの路地の角をお前は左に行け!おれは右に行く!」
「え?なんで・・・」
「安心しろ。一応ケンカだけは負けたことがねぇ。片付けてすぐ行くから!」
「わかった!」
2人は通路を駆け抜け、左右に別れた。
「ま、死にゃしないだろうよ。許せ」
とんとん、とゾロは鉄パイプで自分の肩を叩きながら言った。
あたりには累累とうめき声を上げながら倒れ伏す男たち。
二手に分かれた後、ゾロの方へ来るかと思った男達はこぞってルフィの後を追っていった。
(奴ら、弱そうに見えるほうを狙ってるってことか)
弱そうなほうから潰していく、それは兵法としては間違っていないがゾロの怒りに火をつけた。
サイレンサー付きの銃や鉄パイプで武装した男たちに追いつき、しんがりにいた男の襟首を掴んで引きずり倒す。
男の倒れた音にはっと立ち止まった数人が身構える間もなく。
奪い取った鉄パイプを持ったゾロにその場の全員が打ち倒されていた。
それにかまうことなく、ゾロは走り出した。
あと1人、取りこぼした。
(ルフィ・・・!)
***********
何が起きたのか、その男にはわからなかった。
拳銃を発射するよりも早く細身の少年が鮮やかな身のこなしで背後に回ったことも。
そのまま手首を掴んで背中側に捻りあげられたことも。
拳銃がぽろり、と落ちた。
黒い瞳がすっと細められる。
捻りあげた腕がみしみしと鳴り、苦鳴を上げる男を痛ましげに見下ろす。
「ルフィ、無事か?!」
ゾロが到着したのはちょうどその時だった。
落ちた銃をルフィはつま先で蹴ってゾロのほうへよこす。
「ずい分、大掛かりだな?誰かに頼まれでもしたのか?」
銃を拾ったゾロは、ごり、と跡がつくほど強く銃口を男の頭に押し付ける。
間近で、その冷えた声と瞳を見てしまった男の口はもう言葉を発せられなくなってしまった。
「ゾロ」
「・・・またか」
さっき倒した男たちが仲間を呼んだらしい。
自失してしまった男にかまっている暇はなさそうだった。
**********
「さすがに、もう追ってこねぇだろう」
2人は荒く息を吐きながら海辺近くまで走ってきた。
が。
一体、何人いるのか、それともゾンビのようにタフでしぶといのか。
追跡の物音が微かに聞こえ、さすがに面倒くさくなったゾロは追っ手をやりすごすことに決めた。
「しかたねえ。やりすごすか。・・・動くなよ」
「ちょっ・・・ゾロ!」
ゾロは建物と建物の隙間にルフィを引っ張り込み、壁に押し付けた。
「じっとしてろ」
ゾロは言ってもがくルフィの身体をますますコンクリートの壁に押し付ける。
通りかかってちらりと見ただけでは暗がりに何も見つけられないはず。
「あ・・・」
密着した時に偶然、両足の間に割り込ませた膝にルフィが微かに身じろぎする。
じゃり、とあまり質のよくない建物の壁が音をたてる。
大して年が変わらないとはいってもゾロの体格も力もルフィを凌駕していた。
もぞもぞと居心地悪く身動きしようとする度、「動くな」、とますます力をこめられる。
くすぐったさと息苦しさに、もう耐えられない、そう思い始めた頃。
ようやく、足音が聞こえなくなった。
「行ったか・・・苦しくなかったか?」
すっと何事もなくゾロは離れていき。
「ん・・・へーき・・・」
(あれ・・・?)
息苦しくて真っ赤になってしまった頬が更に火照るような心地がした。
***********
「今日はさんざんだったなー!けど楽しかった!」
「ああ。・・・お前さえこれに懲りてなかったらまたこうやって会いてぇな」
だめか?
どこか困ったような、照れたようなゾロの眼差しに、ルフィはうーん、と同じく困ったように目を逸らせた。
「そりゃ、おれも会いたいけどシゴトもあるしなあ。・・・やっぱり、もうあのカジノには来んな。」
ゾロみたいに真面目な人間がくるとこじゃねえもん。
「お前がそれを言うか?一番、あそこにそぐわねえ人間だぜ?」
「おれは・・・とにかく!よくないもんはよくない!」
きっぱりと宣言するルフィにこれ以上、話しても無駄そうだったのでその話題は打ち切った。
・・・さっきの男達の銃の構え方、そして狙撃の仕方。
偶然にも2人はまったく同じことを考えていた。
月明りの海岸線を2人は黙って辿った。
ホテルのあるメインストリートまで戻るには、さっきの男達が潜んでいる路地を通らねばならず。
危険を冒すくらいなら・・・とゾロは自分のアパートにルフィを連れ帰ることにした。
「・・・ルフィ」
「!?」
「ホントにもう会えねえのか?」
不意に手首を掴んできた男の力は強く、目には切迫した光があった。
それに、僅かに怯んだその瞬間を見逃さず。
男は強く、握りこんだ手首を引き寄せた。
出会ってまだ2日めだ、とか相手は自分と同じ男であるとか。
そういったものは全部吹き飛んでしまっていた。
急に。
目の前に現れた男の目を伏せた顔と唇にあたった感触にルフィは大きく目を見開いたが。
そのまま。
両手をゾロの背中に回してやんわりと握りこんだ。
**********
結局。
キスの後、バツが悪くなった2人は一言も発せずゾロのアパートに帰ってきて。
そのまま一つしかないベッドに背を向け合って何もせず寝てしまい。
翌朝。
ゾロが目覚めるとルフィは既にいなかった。
慌てて帰ったのか、麦わら帽子だけが。
ぽつん、とテーブルの上にあった。
これは、追ってこいということなのか。
それとも、もう追うなということなのか。
意味をはかりかねた。
ただ。
ルフィはどこにもいなかった。
そのことだけがひどく、さびしい。
continue・・・
なんて中途ハンパなんだ!!・・・ごめんなさい・・・この話、途中の戦闘シーンは実は”月の道”と同じエピソードでした。(あっちを切り出して原稿として提出したの・・・)
相変わらずルフィは不思議ちゃんだしゾロは余裕ないし・・・やはりルフィスキー、ゾロをかっこよく書くのは難しい・・・何かだんだん話しがでかくなって収集つかなくなるんじゃ??と今ちょっと危惧中。
参考までに。この海賊のショーは実際にベガスのとあるホテルでやってます。それを参考にさせてもらいましたvあとハードロックカフェはサイパンのものを・・・。そこでさあ!生ゲイ見ちゃったよ!(生ゲイってあんた・・・)
だってふつーにカウンタに座っていちゃついてるんだもんv連れそっちのけで、すげー・・・vと見惚れちまいましたvナイス!サイパン!
男部屋へ戻る
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