「到着、っと。」
手綱を引いて馬をとめる。
乗せてくれてありがとね、という感謝を込めて馬首を軽くたたく。
そして、馬上からこの数日ですっかり見なれた村の入り口を見下ろした。
戦で出かけていたのは一日ほどなのだけれど、まるでずっと離れていたみたいに懐かしく感じる。
駆け寄ってくる見なれた人影を認めて、私は大きく手を振る。
途端に走った痛みに顔をしかめながらも笑顔で呼び掛けた。

「梅花ー!」
!」

馬を降りた私に梅花が飛びついてくる。

「※●△◇■☆〜!!!」

受け止めて・・・私は痛みに思わず言葉にならない悲鳴をあげた。
あれだ、ちゃらら〜ららら〜言葉に〜できない〜・・・なんてふざけてる場合でなく、まじ痛いです。

「!??まさか、左腕の他にも怪我してるの?」
「・・・いやいやいや。大丈夫。」
「でも、今・・・」
「・・・あー。それはね・・・」
「こいつのはただの”筋肉痛”だ!心配いらねえよ。そうだろ?。」
おら、だらしねえぞ!とバシっと背中を叩いてくるのは・・・わざとか?わざとなのか?
同じく馬から降りて来た太史慈将軍が代わりに答える。
「太史慈将軍、痛いです・・・」

しかも、痛みで動けない私をそのままにして、首なんか、こきこき鳴らしながらマイペースに歩み去って行かれました・・・ちょっと殺意わくぞ?
でも、そのまま見送った先で、兵士たちにも、脱落者はいねえか?なんて声をかけてるのを見ると・・・豪放磊落なふりをしてても意外といろいろ気にする人なのかもしれない、と思う。

・・・奇跡的にというか、戦場で受けた傷はほぼかすり傷だけで大したことなかったのだけど。
孫策と飲み明かした翌日、私は物凄い全身筋肉痛に見舞われた。
最初は、適当にライダースジャケットを引っ掛けて仮眠をとった石の回廊のせいで関節が痛むのかと思ったのだが、すぐにそうじゃないとわかった。
もう半端ない筋肉痛。
歩くのさえ辛い。
無理もないよね、デスクワークで普段運動なんてろくにしない現代人そのものの人間が、全身を使っての物凄いハードな数時間以上の戦闘をしたのだから。
まあ、翌日に筋肉痛でる分だけまだ若いってこと?
自分をそう慰めてみても痛いのは消えないけど。

更に、馬に今度は一人で乗る羽目になって・・・。
ああ、この腰に差した炎烈鎧がなければ、多分私は筋肉痛で動けもしなければ馬に跨がれもしなかっただろう。
曲がりなりにも妙な動きでもここまで来れたのは、もう本当にこの炎烈鎧のおかげ。
本当に、これって身体能力をかなり上げてくれるみたい。
ついでに、痛くても妙な動きを極力しないようにしたのは、これまで培った自尊心だ。
と、それはおいておいて。
梅花みたいな可愛い女の子に抱きつかれて、それで悲鳴あげるなんて女が廃る。

「とりあえず、無事帰ったよ、梅花。」
「うん、おかえり。無事でよかった。」
ああ、忘れるとこだった、と梅花を離すとまだ怖々とこちらを伺ってる村の人々の中から長老を呼んできてもらう。
それから、続々到着しはじめた呉軍からこの村から略奪にあって取りかえした食料なんかを積んだ馬を見つけて引いてくる。

「本当に、この度のことは何といってお礼を言ったらよいのか・・・」
ひたすら、感謝の言葉を長老は口にした。
いやいや、私に言うのはちょっと待った、と頭を下げようとする長老を押しとどめて。
孫策はどこかな、と見回すとちょうど、到着したのが目に入った。
そのまま、長老を伴って。

「我が君、少しよろしいでしょうか?」
何だ?という風に長老と私とを見比べる孫策に。
「この村の長老が我が君にお礼をと」、と馬から降りて来た孫策と長老とを引き合わせる。

「今回のこと、すべて我が君・孫策様のお力によるものです。」

そのまま、長老が孫策に額ずかんばかりにお礼を言うのに孫策が鷹揚に答えるのを満足げに眺めていた私を見て。
同じく到着して馬から降りて来た凌操将軍が、ほう、と感心したような表情になった。
それにも、にっこり、と笑顔を向けると何だか凌操将軍がバツの悪そうな顔になった。

主君を立てる。
いわゆる、現代における上司と部下の延長と考えればいい。
部下の成功は上司の指導のもと、だからそうされて嫌な上司はいない。
社会人生活で少なからず学んだことだった。
こうすることで、私の株も上がるしこの村も砦までのルートの拠点として孫策や上層部の意識に残る。
ただそれだけのことだけど、この村はそれだけで安全度が、ぐっと上がったと言える。
打算的?まあ、その通りだけど。

ここまで戦闘に加わったりもしたけど、私はやっぱり“国”は嫌いだ。
平和な時代、国に生まれても、いろいろ学んでいってもそれに比例して嫌いになった。
人を虫けらほどにも思っちゃいない、平気で踏みつぶす。
だけど、嫌いだ嫌いだと言ってそれで目も耳も塞いで済むと思うほど幼くはない。
利用する。
それの何が悪い。
恩恵。
それを受けて何が悪い。
本当は国なんてないほうがいいことだってある。
それなりの対価を、これまでも、これからもここに住む人たちは支払っていくのだ。
ならば。
今ここで、私ができるのは、両者を結び合わせて、ここで暮らす人たちの未来の保障をすること。
ささやかだけど、お世話になった恩返しのつもりだった。


、その、何だ、」
妙に歯切れの悪い呼びかけをされて振り向くと。
「よく、やったな。」
凌操将軍が穏やかな笑みを浮かべていた。
「え?いえ、当然のことをしただけです。」
「いや、なかなか出来ることじゃないぞ。」
黄蓋将軍の言葉に周泰将軍も頷いている。
「あっ、・・・と。これはまずいか。」
ぽん、と私の頭に手を置いて撫でようとして、慌てて引っ込める様子がおかしかった。

「お気になさらないでください。武術の腕を買われて孫策様にお仕えすることになったのですから。性別は気にしないでいただければ嬉しいです。私は私、です。」

「いや、そうは言っても・・・」
どこか困ったような凌操将軍と周泰将軍に対して、「お、そうか。じゃ、これまで通りでいいな。」と、黄蓋将軍は、私の頭に手を置いて、わしわし撫でた。
「うわ、ちょっと、おやめください。」
笑いながら抗議する。
よかった、凌操将軍や黄蓋将軍や周泰将軍とまた話せるようになって。
何故か、私が女性だってわかってから、妙にぎこちない態度をとられるようになったから心配だったのだけど。



「やっぱり、行ってしまうのね。」
梅花の住まいに一旦戻って、自分の荷物をまとめている後ろで梅花が淋しそうにつぶやいた。
荷物といっても、この世界に来る時持っていた手提げカバンと首に巻いてたストールだけだ。
何故か、携帯はどこにも見当たらなかった。
「うん、短い間だったけどお世話になりました。・・・本当にありがとう、梅花。」
「そんなこと・・・もう、会えないのね、には。」

改めて戸口に立って見た小屋は寒々しく、梅花がとても小さく淋しげに見えた。
ふと、思いついて。
目立たないようにとカバンに布を巻いて背負いやすくした荷物からストールを取り出す。
淡い、桜色のストールは気に入っていたものだった
ぐるぐるっとそれを梅花の首のまわりに巻いてあげた。

?」
「お世話になったお礼・・ってほどでもないけどよかったら使って。また・・・いつか、会えるといいね。」
言外に私の言いたいことを察してくれたのだろう。
桜色の色味のせいか、ほんのり、顔色もよく見えて小さく笑った梅花は、同じ女性の目から見ても可愛いと思った。
「うん。元気でね。」

そして、来たときと同じく僅かな休息をとって、呉軍は村を後にした。
何度振り返っても、桜色のストールを巻いた梅花が見送っているのが見えて、何だか淋しくなった。
この過去の世界で会って、もしかしたら二度と会うこともないかもしれない行きずりの人たち。
元の時代に帰りたいのは当たり前だと思っていたけど、この先、私はこうした気持ちを出会った人たちの数だけ味わうのだろうか。

そんなことを、考えていると。
「しかし、も隅におけねえなあ?」
太史慈が片方の口元を上げる笑いを浮かべながら話しかけてきた。

「何がでしょう?」
「あの村の娘は一緒に暮らしてたんだろう?お前に惚れてるんじゃねえのか?」

連れていってやってもよかったんじゃないのか?と言われ、いや梅花は友達だしどちらかと言えば妹のような感じだし、そもそも女性同士だ・・・って太史慈はまだ知らないんだっけ。
何と返そうかと考えあぐねていると。

「太史慈。」
凌操将軍が同じく馬首を並べて窘めるように太史慈に話しかける。

「何だよ。」
「そういうことは当人同士の問題だろう。それに今は進軍中だ。」
「けっ。ただ大したもんだ、って話してるだけなのに変な奴だな。」

まあ、そうだな、と微妙な顔をしているのは凌操将軍もだけど、黄蓋将軍や周泰将軍もだ。
ああ、凌操将軍、私の性別知ってるばかりに何かややこしいことになってごめんなさい・・・。
心の中で謝っておく。

そのまま馬で半日ほど移動すると、背の高い木々に囲まれた砦が見えてきた。
呉軍のこれまでの魏に対する最前線の砦だと教えてもらう。
ここまで来れば、都である建業まではあと少しだと言う。
なるほど、ちょうど国境地帯というだけあってなかなか堅固そうな砦だ・・・と城塞を馬から降りて見上げていると。

「あ、あの!よかったら俺に馬の世話をさせてください!」

かけられた声に振り向くと、妙に目をきらきらさせた兵士と目が合った。
な、何?その憧れてます的な瞳は?

「あ・・・あなた、確か・・・」
「はい!あの時は助けていただいてありがとうございました!」

あの戦場で、魏兵の死体を盾にしても生き延びろ、と私が手助けした兵士だった。
では、無事に生き延びることができたのだ。

「ううん、私はそんな大したことはしてないよ。」
「いいえ!様は命の恩人です。あんなにお強いのに俺みたいな者にまでお気にかけていただけるなんて。」
様、ってあの私そんな・・」
「だから馬の世話は任せてください。これでも俺、得意なんです。」

そう言うと、失礼します、と私の手から手綱をとって城門を潜って砦の中に入っていってしまった。
あらら、感謝されちゃったよ・・・しかも様付けで呼ばれるし、って彼の名前も聞いてなかった・・・ま、いいか、次会った時に聞こう。

なんだか、くすぐったいような気分で空を見上げた。
こんなに空をゆっくり眺めるなんてひさしぶりだ。
秋の高い空と、周囲には秋も終わりの紅葉の林。
今、初めて地を自分の足で踏み締めて生きているという気がした。

一際巨大な常緑樹を見つけ、歩み寄る。
この木は、ずっと何十年何百年とこの地に生えていたのだろう。
それに比べて、一分一秒の世界に生きてる私たち人間は何てせわしないんだろうな。
もしかしたら、この木は私の時代にもまだこの場所に生えているんだろうか。
木の幹に触れ、木漏れ日を見上げて目を閉じる。
風が疲れた心身を慰撫するように吹きわたる。
しばらくそうしていて、そろそろ戻らないと、と目を開けて歩き出そうとし、横合いからかかった声にぎょっとした。

「ああ、どうかそのまま。すぐに仕上げてしまいますから。」

え?い、いつの間に?というかあなた誰?
袖のゆったりした衣装の文官風の若い男が、筆と帳面のようなものを持って熱心に写生しているのが目にうつった。
って、それ、私の絵?
何勝手に描いてるの?!っていやこの時代よくあるのか?それともこの時代のカメラ小僧みたいなもの?
木の幹に手をついたまま、固まってしまった私に頓着する様子もなく「顔は上を見上げる形で」なんて言ってくる。
「は、はあ・・・」・・・ぎぎぎ、と音がしそうなほど不自然に上を見上げたりなんかしつつも素直に従ってしまうのは・・・何かちょっとびびってしまったからです、はい。

「さてと・・・これで完成です。驚かせてしまいましたね。」
描き終えた絵を丁寧に紙の間に仕舞いながら、にこやかに文官風の男は話しかけてきた。
「はい・・い、いえ、まあ少し驚きましたけど・・・」
「ここではお見かけしたことのない方ですね。いや、しかし他の兵士に比べて小さいながらも凛々しく品があって美しい。良い絵が描けました。」

・・・褒めているようで、私のこと小さいって言ったよ、この人。
それには言いたいこともあるけど、多分孫策配下の文官だろう。
頭には帽子のような冠、そこから白い布を肩を覆うように垂らしている。
深緑色の衣装の下にはゆったりした袖の衣を重ねて、帯には金色で羊の鮮やかな刺繍がされている。
武将ばかり見ていたから、線が細いと感じるけど柔和そうな顔は育ちのよさも感じさせるし美形と言える。
おそらく、それなりの位の文官だろう。
なら、挨拶くらいはしておこう。

と申します。この戦で孫策様配下となりました新参者ゆえ、礼儀などお見苦しいところあるかと存じますがよろしくお願い申し上げます。」
拱手して名乗る。

「そうでしたか。貴方が今回の戦で我が君の配下となったという若武者ですね。私は・・・」

私に答えて名乗ろうとしたその時。

「おい、魯粛!こんなところにいやがったのか。我が君がお呼びだ。」
「太史慈。わかりました。参りましょう。」

え?魯粛・・・って確か、やっぱり三国志のゲームで呉の軍師だった人物?
こんな若かったっけ?そう思いつつ。
「魯粛様、とおっしゃるのですね。」
そう呼びかけると苦笑された。
「様、はお止めください。」
「はあ・・・では、魯粛殿。」
だって、さん付けは変だしそうすると、殿付けしかないよね。
でも、それで間違いはなかったようで、「はい。」とにっこり微笑んでくれたから、まあいいんだろう。

「それから、。お前もだ。」
「はい?私もですか?」
「おお。ま、ついて来い。」

***

「おいしいです〜!!」
「それは良かった。」

目の前のテーブルには綺麗な絵付けの皿に盛られたごちそうがところ狭しと並んでいる。
涙ぐみつつ、ちょっとお行儀悪いかなあ、と思いつつもがつがつと食べてしまう私を、凌操将軍は微笑ましそうに眺めている。
孫策との今後の国境付近について短い打ち合わせが終わった後。
別室に設けられた宴席に孫策と四将軍、魯粛、私はついて料理に舌鼓を打っている・・・主に私が。
だって、村では雑穀粥だったし、占領した砦ではやっぱり雑穀粥とするめを湯で煮て戻したものとか、干した海老とか肉、炒った豆とかそういうのばかりだったもの。
でも、それでもお腹が空いていればおいしくいただいてたけど・・・。
さすが、世界に名高い中国料理。いや、これは宮廷料理か?
湯気をたてている、汁物とか、ぷりぷりの海老とか。

「これは鶏肉ですか?ちょっと変わった風味ですけど。」
薄い、鶏肉のようなものを調味料を入れて沸騰したお湯の中で茹でて食べる料理に首を傾げると。
「”野雉鍋”だ。この辺りでは秋冬に雉がよく獲れる。」
「そうなのですね・・・松の実も入っててあっさりしてておいしいです。」

他にも、揚げ物とかお粥、こちらでは餅、というらしい小麦粉を練って焼いたものとか。
それに酒とか。

「しかし、は実に美味そうに食べるな。」
孫策が言うと。
「まったくです。」
まるで、食べざかりの子供を見守るみたいに凌操将軍が答える。
「も、申し訳ございません、つい美味しくて・・・」
「謝ることではない。どんどん、食べるがいい。」
「はい。それでは・・・」
「しかし、本当にいい食べっぷりだな。急に食べ過ぎて腹こわすなよ?」
「脅えさせるな、太史慈。」

「・・・これはどうだ?」
あ、また珍しく周泰将軍が口を聞いた。
差し出された鍋を見ると・・・なんだろう、不思議な形状の物体が。
「これは何でしょう?」
「蛙。」
「え?!」
ぎゃー!と思ったが、いや、確か蛙って鶏肉みたいな味とか聞いたことが。
「い、いただきます。」
「待て!!無理はするな!」
、ま、待ちなさい!」
慌てて周泰将軍以外が止めるけど、何でも経験だ。せっかく勧めてくれてるんだから。
「あ、意外とおいしいかも・・・です。」
「そうか。」
笑った周泰将軍に対し、他の方々は「は大物だな・・・」「だな」と半ばあきれたように呟いていた。
だって、食べ物は粗末にしちゃダメだし、それにお腹いっぱい食べられる幸せって大事だし。

そうして、ひさしぶりに満腹で眠った翌朝。
呉軍は、建業目指して旅立った。
馬に揺られて三日ほど。
潮の匂いが漂い始め、私たちは建業に到着したのだった。
既に先触れが行っていたので、到着と同時に城門が開いて・・・度肝を抜かれた。
ものすごい、人、人・・・て街なんだから当たり前なんだけど、何だろう、この歓迎ムードというか戦勝ムードに沸いている状況?
私は、孫策、四将軍に続いて馬を進めたのだけど、あまりの熱気というか戦勝ムードにたじたじとなった。
何か、私を指さして噂してるのもいるよ・・・。

「固くなることはない。いつものままでいればよい。」
いつの間にか、傍に馬首を並べた凌操将軍に小さく、耳元でそう諭され。
「はい。ありがとうございます。」
らしくなかった、と少し笑って答えると安心したように凌操将軍はまた前方に戻った。

とりあえず、今日からここで元の時代に戻る方法を見つけるまで勤めあげなければ。
そう、心に誓い私は宮城の門を潜った。

・・・そこに、更に試練が待ち構えているとも知らず。









Music by 遠 来 未 来 〜えんらいみらい〜曲名「天長地久」