お?
兄貴!!
どうしたんだ?こんな時間に。もう身体のほうは大丈夫なのか?

そうか、よかった。
いや、でも心配したぞ?
煌星、だったっけ?いきなり解けてぶっ倒れるんだもんなあ。
ま、怪我もかすり傷くらいでよかったけどよ。
え?
腹が減った?
もう直、夜中になるぜ・・・って言っても腹が減ってちゃ眠れねえよな。
何か用意するからちょっと待っててくれ。
いいって。
煌星ってやつは、体力とかも消耗しそうだもんな。
とりあえずちょっと待っててくれ。

***

おれ特製の湯麺なんだけど、美味いか?
そっか・・・へへへ。
兄貴は美味そうに食べてくれるから、作り甲斐があるってもんだ。

へ?聞きたいこと?何だ?
のこと?
なんでまたいきなり。
ま、いいけどよ。
そういや、昼間、兄貴がぶっ倒れた時に顔を拭く手拭いみたいなの、水で絞って渡してくれてたな。
いや、別に返さなくて大丈夫だと思うぜ?
あー、でも何か妙にきれいで何か縫い取りしてんなあ。洗って返しゃいいんじゃないのか?

のこと、ねえ。
いい奴だろ?
今日だって怪我人のために走り回ってたしさ。
他の文官の奴らが、血が怖いとか遠巻きにしてる中でさ。
いや、あいつは文官じゃねえんだ。
周瑜様直属らしいんだけど、全然そんな風に見えないよな。
って、いい意味でだぜ?気取らないっつーか。

は?仲がいいのかって?
うーん、おれは友達とか仲間みたいに思ってんだけどさ、あいつのほうはどうかな。
・・・だってさ、今日兄貴も話したからわかるだろうけど妙に丁寧な口調っつーか他人行儀っつーか。
妙に大人ぶっててさ。
別に、おれのこと嫌ってるわけじゃないのはわかるんだけどな。
父上が言うには、おれよりずっと年上らしいんだけど、本当か?って思うよな?
せいぜいおれや兄貴くらいか、無理に見積もってもちょっと上かくらいだよな。

あの妙に丁寧なしゃべり方は、最初に会った時からだなあ、そういや。
うーん、詳しくはおれも知らねえんだけど。
半年前、先代の孫策様が魏の国境付近であった戦の時に配下に加えたって聞いてる。
出身は、東のほうにある異国って話だ。
父上や見ていた奴らの話じゃ、孫策様と剣で互角に打ち合ったし敵陣にも単騎で突っ込んだって聞いた。
しかも、魏の砦を落とす戦略まで進言したらしいぜ?すげえよな。
おれとそんな身長も見た目の年も変わらねえのに。
・・・今兄貴、笑ったろ?
いいよ、もう。

え?どういう経緯で仲良くなったか?
いや、話すのはかまわねえけど長くなるぜ?いいのか?
わかった。

で、何だっけ?
そうそう、魏の砦を占拠して、大勝利だって建業に凱旋した時にはもう、もいてさ。
まあ・・・最初は何かいけすかない奴だと思った。
妙に生っ白くて小奇麗な顔してんだろ、あいつ?
で、その時は無表情だったし。
後で聞いたら、あまりの民の熱狂ぶりに気後れしてたんだと。
何か父上も気にかけてるみたいで、わざわざ馬近寄せて、に何か言ってて、そしたらあいつ、妙に柔らかく笑っててさ。
気にならないほうが変っつーか・・・って兄貴がそこで何を気にしてるんだよ。
そりゃ、そこまで見ただけじゃ、”いけすかねえ奴”って思うだろ?
今は違うからな!?
べ、別に慌ててねえって!

で、何だっけ?そうそう。
次にに会ったのは、それから何日かたった後だな。
孫け・・じゃない、我が君に会った帰りに、城の回廊で、ばったり。
誰も紹介してくれねえんだもん、ならこの機会に話してみようかと思うよな?普通。

***

『あんた、だろ?』
って声かけたら、あんまり表情は変わらないけどびっくりしたみたいだったな。
まじまじとおれのこと見てきてさ。

『はい、確かに私はですが・・・あの、失礼ですがあなたのお名前お伺いしてもよろしいでしょうか?』
周瑜様に言われて書庫から持ってきたらしい書簡を両腕にいくつか抱えて目をぱちくりさせてた。
おれもうっかり名乗るの忘れてたんだけど。
あ、兄貴、笑ったな!

『おれの名は凌統公績。凌操将軍が一子だ。』
『凌操将軍の・・・お初にお目にかかります。凌操様にはいつも大変お世話になっております。新参者ではございますが、凌統様も今後はよろしくお願いいたします。』
両腕に荷物を持ったまま、ぺこり、と頭を下げて来て、急に柔らかく笑われて、さ。
それには、何でかわからねえけどちょっと、どきっとした・・・きっと、あれだ、見た目の年がそんなに変わらない奴が大人みたいな口きくんだから面食らったんだよな。

『様、はいらねえよ。おれは、って呼ぶぜ?』
『そう呼ばれるのはかまいませんが・・・凌操将軍は私の上の方にあたりますしそのご子息を敬称抜きでは・・・では、凌統殿。』
『だーかーら!”様”とか”殿”とかつけるの止せって!』
『申し訳ございません、ご容赦ください。』
にっこり笑って言われて。

・・・なんか、これ以上譲らねえぞ、ってな妙な気迫を感じてその場は押し切られちまった。


『これ、周瑜様のところに持っていくんだろ。』
幾つかの書簡を、ひょいっと、まあちょっと強引にこっちの手に引き受けたんだ。
『はい・・・いえ、大丈夫ですよ!凌統殿!これくらい一人で・・・』
『いいって!ちょっと、話しながら行こうぜ。』
そう言って、笑ってあいつの顔を見たら、おれの言いたいことが伝わったんだろうな、どこかまぶしそうにおれのことを見て、にっこり笑ってくれたんだ。
『はい・・・ありがとうございます。では、お願いできますか?』

よし。
好感は持ってくれたみたいだな。
ま、荷物を半分持つ、ってのは口実だけどな。
提督の執務室まで一緒に行く間、話が出来るしな。

歩きながら、さりげなく観察してみた。
こうして並ぶと、身長は・・・のほうが高い、か。
いや、少しだけどな!すぐ追いつくだろうし。
その時は、前に見たどこか異国風の革で出来た上着と裾までまっすぐの足を覆う履物じゃなくて、袍と袴を身につけてた。
まるで、どっかの育ちのいい若様といった感じで、市中で聞いた噂とは結びつかない感じだったな。
え?おれが言うなって?ま、そうだけどな。

歩いているうちに、あいつが足音立ててないで歩く、というのに気づいた。
普通、石の回廊で沓だったら、音が響くだろう?
ぴっ、と伸びた背筋や歩き方からすると、何か武術でもやってるんだろうか。
腰には、黒い柄の剣の炎烈鎧。
これで孫策様と打ち合ったのか。
不躾かなとは思ったけど、思わずまじまじ見ちまってた。

『炎烈鎧にご興味が?』
おれの視線に気づいたらしく、のほうから尋ねてきた。
『まあな。剣じゃねえけど、おれも炎烈鎧持ってるし。飛び道具の形してるんだ。父上のに似てるかな。』
『へえ、本当にいろいろな種類の炎烈鎧があるのですねえ。』
『何だ、知らないのか?』
『ええ、この国に来てから初めて炎烈鎧というものがあることを知りました。』

びっくりするだろ?
しっかり炎烈鎧を使いこなしてるのに、知らないなんてさ。

『意外だなあ”可憐な若武者”とも”黒き疾風の武者”とも呼ばれてる奴が。その炎烈鎧だって軽々使いこなしたって聞いてるぜ?』
『な、何ですか?その恥ずかしい呼び名は?!』

市中で、に使われてる呼び名を出したら、あいつ、目を見開いてこっちを見て、ついでに書簡を取り落としそうになってた。
何だ、結構おもしろい反応もするんじゃねえか。
そうか、兄貴は最近呉に戻ってきたばかりだから知らないよな。
”可憐な若武者”、”慈悲深く見た目は童子のようでありながら鬼神のような働き”、”黒い柄と鞘の炎烈鎧を携え、見たこともない剣術を使うその様は黒き疾風のようだったらしい”ってその当時は市中で噂になってたんだ。

『え?国中で噂になってるぜ、孫策様と打ち合うほど腕の立つ可憐な若武者が呉軍に入った、って。知らなかったのか?』

そう聞くと、あいつ、思いっきり首をぶんぶん振って、顔を真赤にしながら、ぼそっと呟いてた。
『な、何でそんなことに・・・噂って恐ろしいですね・・・。』

ようやく、落ち着いたらしいが言葉を続けた。
『恥ずかしい呼び名だけでなくて恐ろしい噂までたってしまってるみたいですが・・・孫策様と打ち合ったと言っても、一太刀だけです。私の力量はとても、あの方には及びません。』
『そうなのか?』
『そうなんです。』

本当に恥ずかしかったんだろうな、それ以上触れてほしくないのが短い答えから、ありありとわかったから、おれも話題を変えた。


『何で、呉に来ることになったんだ?お前くらいの年だったら、戦に出るのに親が反対とかするんじゃないのか?一人で働くのだってさ。』

実際、おれも父上には”戦に出るにはまだ早い”って言われ続けてるしな。
何だよ、兄貴!”そうだね。”って!もういい!話終わり!!

***

・・・いや、わかってくれりゃいいんだよ。
じゃ、続き、な。

『どうして、私がこの国に来たのかはわからないんです。気づいたら村外れに倒れていたそうです。戦に出ることになったのは、ほとんど成り行きです。』
『は?成り行き?』

成り行きで戦にまで参加するか?
おれもさすがに妙なものを見る目で見ちまったけど。

『はい。お世話になった村が魏兵に襲われて食糧や物資を強奪されたんです。ちょうどそこに進軍されてきた孫策様に願い出て、食糧と物資を取り返すことを条件に呉軍に入りました。
親、は・・・遠い、遠いところにいます。今は会うことが出来ませんが時が来れば会えるでしょう。』


歩きながら、どこか遠くを懐かしむように見て、よどみなくは答えた。
どこか謎かけみたいな言葉だったけど・・・わかった気がした。
少なくとも、この世でこいつは一人なんだ。

『後は・・・働くのはここに来る前から長く社会に出て働いてましたから。私の年ではそれが普通ですしその点はまったく問題ありません。』
『そうなのか。』
『はい。』

おれがした質問に対して、ちゃんと返してくれるし、物の言い方も文官たちみたいに権高くもなく武官にありがちな口下手な感じでもない。
好感が持てた。
働いていた、ってのは多分本当なんだろうと思うよ。

『それより、凌統殿のことを聞かせてください。凌操様に以前、ご子息がいらっしゃるとお伺いしてたので私もお会いしてみたかったのです。』

ちょうど、話が終わって一呼吸置いたとき。
今度は、のようからそう言われた。
話を聞きたくてたまらない、みたいな感じでにっこり笑われて。

『え?父上が?』
何か意外な感じがするけど、そう言われると何か嬉しくなった。
まだ、に聞きたいことはあったけど、それはまた後でもいいか、って。

『・・・そうか。何か、城のことや他にもわからないことがあったら聞いてくれ。』
『助かります。それでは、ですね・・・』

気づいたらしゃべらさせられてた、って感じだな。
あいつ、妙に聞き上手だったりするんだ。
都督室の前、ってところまで来て、おれは肝心なことを聞いていないのを思い出した。

『なあ、戦のこと聞かせてくれよ。』
『戦のことですか?何故です?』

父上と先代の孫策様とが同時に見た、戦の話が聞きたかった。

『おれのところは、なかなか父上が認めてくれないんだよな。がうらやましいぜ。おれも早く戦に出たいのにさ。』


す、っとそれまでにこやかに相槌を打ってたの顔が無表情に戻った。
空気まで何か冷たくなったような気がした。
あまりの変わりようにびっくりした。

『何も、ご存じないからそうおっしゃれるのです。持ってくださってありがとうございます。私はここで。』

そのまま、さっさとおれの手から書簡を取って、『失礼いたします』なんて言いながら都督室に入って行こうとしやがった。

『何だよ、それ!』

ちょうど、扉を開けた時だったから、おれの声は中まで届いたらしい。
おれの大声に驚いたような周瑜提督と父上の顔が見えた。
でも、止められなかった。
は、おれにかまうことなく、周瑜様に『おっしゃられていた書簡、お持ちいたしました。』なんて素知らぬ顔で言ってやがるし。

『お前は戦場に出たんだろう?!おれと同じくらいの背格好で年も同じくらいのはずなのに!腕だって、そんな大したことない、ってさっき自分で言ってたじゃねえか!』

なんで、困ったな、みたいな顔で溜息ついて周瑜様や父上を見てるんだよ。
ますます、腹が立ってきたんだ、その時は。

『いい加減にしないか、公績。』

見かねて父上がおれに注意してくる。
おれよりのほうが親父に認められてる。
無性にくやしくなった。
はといえば、『お声が外に聞こえてしまいます。』なんて言いながら、わざわざ扉を閉めに戻ってきて、そのまま周瑜様のほうに歩いていこうとする。
父上は、『申し訳ない。息子が失礼を。』と周瑜様にお詫びしていた。
周瑜様はどうしたものか、という顔で父上とを見ていた。
みんなして、おれのことは無視かよ。


『なら、と同じくらい腕があったら戦場にいけるってことだよな。』

自分でも思っていたより低い声が出た。

『何故、そうなるのです?』
父上や周瑜様が口を開く前に、がまったく感情がこもらない声で聞き返してきた。
こじつけだ、とか思ったけどさ、止められない時ってあるよな?

『凌統殿は、戦場がどんなものか、ご存じないからそう言える。知らないということは怖いことです。』
『何でもわかったような言い方してんじゃねえ!ならおれと勝負しろ!』

***

・・・兄貴、なんだよ、その呆れた顔?
ああ、そうだよ。
自分でも相当熱くなってたし、屁理屈だと思ったよ、今から思えばな。
で、当然ながら都督室は静まり返っちまって、そこにの声が響いた。


『了解しました、そのお申し出お受けしましょう。』

!?』
『立ち会いをしたい、と言うことか?』

焦った声は父上の、冷静に問いただす声は周瑜様から、だった。

『はい。おっしゃる通りです。凌統殿と私とで勝負を行い、もし凌統殿が勝てば、先ほどのお言葉、ご検討お願いします。周瑜様と凌操様には立会人となっていただきたく思います。』
『・・・了解した。かまわないだろうか、凌操将軍?』
『周瑜提督がおっしゃるなら・・・』
『ありがとうございます。それでは、武器はそれぞれの炎烈鎧を使用ということで、勝負の場所にはお二人以外、人払いをお願い致します。・・・それでかまいませんか?凌統殿?』
『お?おお。』

まさか、自分の言ったことが聞き届けられるとは思わなかった。
でも、これは絶好の機会だと思った。
父上に認めてもらう、ってことと噂になってるの武術の腕前を知る、ってことで。
・・・まあ、おれも思いあがってたとは思うけどさ。
え?
勝負がどうなったかって?
・・・あんまり話したくないんだけどな・・・はっきり言っちまえば、おれが負けた。
しかも速攻で。
あー!
今思い出してもくやしいぜ。
そのうち絶対、を超えてやる!

***

勝負は、日を改めて、ってことになった。
当日、普段演習場になっている場所は、約束通り人払いがされてるみたいで人の気配はまったくなかった。
方形の石の闘技場には、既に父上と周瑜様、が来ていた。

闘技場に上がりながら、が父上に小さな声で話しかけてた。
『・・・私に、お任せいただけますか?凌操様?』
父上も驚いてたようだけど、それに頷いていた。
何か、むかっとくるよなあ。

そうして、闘技場で距離をとって向かい合い、おれは龍星を構えた。
けど、のやつ、全然構えないし左手で炎烈鎧に軽くふれてるだけで腰に挿したまま、だったんだぜ?
剣も抜くつもりがないのか?っておれだけでなく、父上も周瑜様も訝しく思ったらしい。

『おい。やる気あるのか?構えくらいとれよ。』
『ご心配なく。これで十分です。・・・周瑜様、お願いします。』
この野郎、って思うよな?

周瑜様の『始め!』の声がかかった途端。
それまで、睨みつけていたの姿がかき消えた。
いや、違う。
もの凄い速さでこっちに向かってきたから目が追い切れなかったんだ。
速さで遅れをとったのは初めてだった。
え?と思う間もなく、間合いに入られた。
とたんに、龍星を構えていた右腕に、ガッ!という衝撃と痛みが走った。
が、炎烈鎧を両手で持って、鞘ごと突き出して、おれの龍星を持った右手を踏みこみと同時に強く柄の平で打ったんだ。
何かの型みたいに無駄のない動きだった。

そう、わかったのは、龍星を取り落としてから。
転がったそれを、の足が更に遠くにけり飛ばす。
『くそっ!』
とっさに、隙の見えた、の側頭部めがけて、上段の蹴りを放つと、それもあっさりかわされた。
何とか間合いをとろうと、右腕をかばいながら飛びずさろうとしたんだけど。
それより早く、伸びてきた手に右手首を握られて、痛みで動きが鈍った。
右手首を掴んだまま、はおれの右足をはらって、あっけなくおれは背中から闘技場に叩きつけられた。
起き上がろうとしたところを、鳩尾にの膝が軽く入れられて押さえつけられる。
『勝負あり、ですね。』
静かに告げられるの声。
『公績!』
父上の声が聞こえた。
それから、『それまで!』って試合終了を告げる周瑜様の声も。
冬の青い空が視界に広がって、転がされた闘技場の石は冷たくて、何かみじめな気分になった。

・・・くやしかったよ、そりゃ。
こんなあっけない勝負ってあるかよ。
おれは、呉の大人の兵士にだって遅れをとったことなかったんだぜ?
炎烈鎧の剣を鞘からも抜かない相手に負けて、しかも手加減されて。
闘技場に転がす動きだって、おれが頭を打たないように、配慮してた。

『完全におれの負け、だよな・・・かっこ悪ぃ・・・』
鳩尾から膝をが退けたから、おれは上体だけ起こした。
も、おれのそばに屈みこむ。
『・・・今のは、凌統殿が私の使う武術の型を知らなかった、という点と、身長が私と同じくらいだったから、という点、それに試合開始から怒りで気が散漫になっていたという点があったから、簡単に負けたように見えるんですよ。』
『そうなのか?』

何だろう、妙につきものでも落ちたみたいに、の言葉がしみ込んできた。
『そうです。そうでなければ勝負は長引いたでしょうね。特にあなたは敏捷性を活かした攻撃を得意とされるそうですから。』
『何でそれを?』
『事前調査です。』

にっこり笑って言われて、今のおれじゃには勝てない、ってはっきりわかった。
どうして、呉軍に入ることが出来たのか、その理由も、なんとなくだけど。

『・・・戦場では、ただがむしゃらに向かっていくだけでは生き残れないんです。状況はどんどん、変わります。目の前で人が傷つけられ、死んでいく。自分が傷つけたくない、と思ったとしても。生き残りたいと思ったらどんなことでもする・・・地獄です。』
淡々との言葉が紡がれていく。
冬の冷たい風に、それは話していくそばからさらわれていって、が何だか・・・何ていったらいいのかな、強いけど脆い、そんな感じに見えた。
『だから、軽々しく、戦が楽しみだ、早く行きたいなどと言っていただきたくなかったんです。』
『そうか。』

『それに。』
『?』
急に、目を細めてが笑いを含んだ声で言った。
『凌操様は、いつも一番に凌統殿のことを想っていらっしゃいますよ?』
『な、何だよ急に。そんなわけ・・・』
『さっき、真っ先に凌統殿のお名前を呼んで、駆け寄ろうとされてました。』

は、立ち上がっておれに手を差し出した。
掌が、おれよりずっと華奢でその手はあたたかかった。
ちょっと、どきっとしたけど、すぐに追いついてやる、っておれも不敵な笑いで応じた。
その手につかまって立ちあがると、闘技場のはしに、珍しくうろたえた姿の父上が見えた。

『ね?』
そう、小首を傾げては笑った。



***

ま、との出会いはそんな感じだったな。

この模擬戦はおれにとって、すごくためになったと思う。
戦いでは、電光石火、だって。
何だ?兄貴?
何か言いたそうだな?
え?その後?
ああ。
だけど、何回、言っても”殿”付けは止めてくれなくてすっかり定着しちまった。
城に行くと時々話したりしてるぜ。
この家にも、時々夕餉に招いたりしてるしな。
あいつがいると、普通に父上とも何でもない会話してるのに最近気づいた。
そういう意味ではあいつ、すごいと思う。
きっと周瑜様もそういうところを重宝してるのかもなあ。
ただ、次の勝負はのらりくらりと逃げられてるんだよなあ。

だから、おれは学んだんだ。
”最初が肝心”、って。
だから、兄貴と義兄弟の契りを速攻で結んだんだぜ?
ん?どうした?兄貴、複雑な顔して?

さ、おれの話はこれでおしまい。
兄貴も、もう休んだほうがいいぜ。
明日、その手拭い返しに行くならおれが行ってやろうか?
え?自分で行くって?
いや、いいけどさ・・・。

じゃ、おやすみ!









Music by 遠 来 未 来 〜えんらいみらい〜曲名「藍色の街」