「は母上に似ているな・・・」
「は?」
言った瞬間、しまったと思った。
いくらなんでもの年の女性には失礼だったと思う。
その時、僕たちは戦災に遭った市街地の様子を手分けして見回っていた。
魏との戦に勝利したとはいえ。
人も街も傷ついた、その様子に心が痛んだ。
ふと、横で子供たちに話を聞いていたが何事か、その子に頼んでいる。
何を頼んでいるのだろう?
僕が首を傾げている間に。
心得たように、ひとつ頷いた少年が駆け出して、戻ってきた時にはその区画の子供たち全員が集まってきていた。
「?」
ふいにが屈んで、おもむろに抱えていた荷物をおろし、袋の口を開いたのが見えた。
「何をあげているの?」
「ん?お菓子。やっぱり子供はお菓子好きだものね。ちょっとずつだけど一応、私が手作りしましたー。」
袋がないから笹の葉とか竹の皮と代用大変だったよー、と。
試作品で、私の国では”くっきー”っていうお菓子だよ。
今度食べた感想聞かせてね・・・ちょっと、型抜きとか時間なくてでこぼこだけど・・・まあ味は・・・多分大丈夫。
ちょっと、何?陸遜まで、見かけで味まで疑ってるの!?
まじまじと見てしまったのを、別の意味にとられたらしい。
「そんなこと思ってないよ。」
もう。いいけどね。
冗談のようにも聞こえるの言葉が、照れ隠しなのを、僕は知っている。
そのぐらいには、と一緒に戦って、守ってきたから。
でも、これは予想外だった。
そういえば、街に出る直前まで何事か忙しそうにしていたのは知っていた。
大きな荷物を持参して何を入れているのかと思ったら。
ふ、っと心が和んだ。
「僕も配るのを手伝うよ。」
「ありがとう。あ、陸遜の分は、城にあるから、後でね。」
「・・・。君は僕がそこまでわきまえないと思ってるのか?」
「あはは。ごめん。だって陸遜も甘いもの好きだし、あんまりにも、じーっと見てるから。」
またねー!ばいばーい、お兄ちゃんたち!
僕たちが配った菓子の包みを大事そうに抱えた子供たちをは手をふって笑って見送っている。
そうか、は男物の着物を着ているから、お兄ちゃんに見えるんだ。
確かに、こうして見ると女性には見えない。
そういう僕も、つい先日、そのことを知ったばかりだから何とも言えないけど。
少し複雑な気持ちになる。
「やっぱり、子供たちには笑顔でいてもらいたいよね。こんな時代だけど。」
「そうだね・・・・」
普段、城ではあまり見ることがなかった笑顔。
当たり前かもしれないけど、仕事をしているも、戦で剣を振るうも、張り詰めた糸のようで少し近寄りがたかった。
時折、笑顔は見たけど、今日のような表情を見たのは初めてかもしれない。
屈んで、子供たちの頭や頬を優しく撫でる手。
・・・ずっと昔、僕もどこかで見た。
横顔も、どことなく似ている・・・もう会えない、あの・・・
「は、母上に似ているな・・・」
を見ていたら、勝手にこぼれてしまった言葉。
「は?」
「え、っと、あの、そんな大した意味じゃなくて、ついなんとなく・・・」
怪訝そうな顔をされて。
つい、しどろもどろになるのは何でだろう。
言い訳しようとすればするほど、頬まで熱くなってきてしまった。
は、配り終えて空になった袋を、小さく折りたたんで懐にしまいながら首を傾げていたが。
うなだれた僕の様子を見ておかしかったのか、くすりと笑った。
「いいよー。陸遜、気にしすぎ。」
いや、まあ、確かに子供の二人三人はいてもおかしくない年だと思うんだけどね、この国だと・・・
そう続けたに、僕も慌てる。
「あ、違うんだ!そんなつもりで・・・」
何でだろう。
先日、が本当は女性だったと知って。
それまでは、男だと信じて疑わなかったから。
多分それで意識してしまっているんだと思う。
きっと、この、ざわざわして落ち着かない感じもそのせいだ。
「いいって。」
「本当にごめん。」
「・・・いや、何かもうそれ以上言うとどんどん私もフォロー・・・じゃなくて、補足?が出来なくなるし・・・」
「うん、ごめん。」
何故か、道の真ん中で二人して落ち込んでしまった。
(やっぱり、似ている・・・でも、それだけじゃなくて・・・あれ?)
「だーかーら!」
僕の思考はそこまでで、の少しだけ怒ったような声で遮られた。
「もういいから。それより、大分日も落ちてきたし。一旦、戻ろう。・・・手をつなごうか、陸遜?」
前半は怒ったように、後半は、気持ちを切り替えたように笑いを含みつつのの言葉とその提案に、びっくりして。
「え?でも」
「家族、ってこっちでも手をつないだりするよね?」
そんな途方にくれたみたいな顔されると、ねえ?
苦笑交じりの言葉にためらう。
怒っていないよ、ということをなりに伝えたかったのだ、と思う。
じんわり、と僕の胸のどこかがあたたかくなる。
「いいよー。私のほうが先輩だし年上だし。後輩で弟みたいなものだもの、ちょっとくらい甘えていいよー」
ためらいつつも、僕は左手を、に差し出す。
は、僕を見上げて、一度だけ、にっ、笑うと。
ためらいなく僕の手を握って、先に立って歩き出す。
迷いのない足取り。
ふっと、我が師のことを思い出した。
旅の途中、よく、こうして僕の手を引いてくれた。
ふう、っと今も心の一部を占めている我が師の美しいお姿を思い出して。
でも、すぐに打ち消した。
は、で我が師とは違う。
他の誰とも違う。
出会ったころに比べて少しだけ短くなった髪が、視線の少し下で弾んでいる。
こうして見ると、僕より小さいのに。
未だに信じられないけど、年上なんだっけ。
姉がいたらこんな感じなんだろうか。
「まあ、私のことはお姉さんとでも思ってくれればいいよ。」
驚いた。
「何で僕の考えてることがわかったんだい?」
心を読まれたのかと思った。
「んー、なんとなく?」
私、陸遜や皆のことは家族みたいなものだと思ってるんだよ?
笑いながら、僕の手を引いて歩く。
道行く人には、僕たちはどう思われているんだろう?
仲のいい兄弟?家族?
ずきん、と。
不意に胸の奥が疼いた。
あれ?
どうして、今僕は・・・
一体、何を思った?
「どうしたの?」
「いや・・・何でもない。」
「そう?・・さーって今日もよく働いた!お腹空いてきちゃったね・・・ちょっと急ごうか?」
待って、もうしばらく・・・
言いかけた言葉を、僕は慌てて飲み込んだ。
その時は、この感情の正体は、結局わからないままだった。
ただ。
つないだ手は僕の手で包みこめるほど小さいのに、あたたくて。
・・・離しがたかった。
****
城までの道を、てくてく、陸遜と手をつないで歩く。
時々、後ろを振り返ると、はにかんだような笑みを浮かべてくる。
かわいいな、と思う。
まあ、さっきのお母さんみたい、発言はちょっとびっくりしたけど。
そりゃ、私の年だったらこの国では子供の二人三人いてもおかしくはない。
でもなー、お母さんはないだろ、お母さんは。さすがに。
慌てて陸遜も言い直してたけど、せいぜいお姉さんだよね?
・・・正直、少しだけ、困った。
私が女だ、ってわかってから、陸遜の態度がなんだか、ぎこちなく変わったような気がしていたから。
似てる、と前に諸葛瑾から言われた言葉を思い出す。
そんなに、私たちは似ているんだろうか。
何とはなしに自分の頬に触れてみてもそんなのわかるわけない。
たかが、追加された事実ひとつ。
私はこれまでと、中身も外見も何も変わらないのに、困った。
それが本音。
ちょっとだけ、ずるい手かと思うけど。
陸遜の、皆の中で未分類の感情に”家族”、”弟”と名前をつけて。
方向性を修正する。
「?」
「何でもない。」
そう、間違いなくこれが私の本音だから。だから。
痛むのは、先回りした私のずるさを責める良心のせい。
この距離を、こわさないで・・・
Music by
遠 来 未 来 〜えんらいみらい〜曲名「傍にいるよ」