こういう時、感情が表に出ないのは幸いだった。
昔からだ。
思えば、自分は昔も今も可愛げがないに違いない。
だけど、表に出ないからってそれは強いわけじゃない。

「おかえりなさいませ」

「六駿の皆様が御無事で何よりでした」

魏との戦で、周瑜様を失った。
六駿が途中で早馬を手配したので城では周瑜様と六駿を出迎える準備が整っていた。
私は、出迎えの官たちの末席のほうにいた。
周瑜様に目をかけていただいていたとはいえ、下官にすぎない私が一番最初に出迎えることは許されない。
目の前を過ぎる棺に、型通りの礼をささげ、後に続いてこちらまで歩いてきた六駿たちに向き直り、これも型通りに丁寧に頭をさげる。

打ちひしがれた顔。
後悔。
そう、予想はついていた。
玉璽を奪還したとはいえ、それと引き換えにこの国は大切なものを失ってしまったのだ。
でも、私のこれから為すべきことはある。
泣いているひまはない。
だから、戻った六駿をねぎらって、雑務に戻るつもりだった。
なのに。
皆の後ろのほうから、陸遜がふらふらとおぼつかない足取りでこちらに向かってきた。
凌統の心配そうな顔をよそに、真直ぐ、私の目の前へ。
ひどい、顔だった。
取りかえしのつかないことをしてしまったという人間の顔。
凡そのことは、早馬の使者から伝えられてわかっているけど。
なぜ、私の目の前にくるの?
彼の目が、雄弁に語っている。
怖い。
責められるのが怖い。
でも責めて、思いっきり罵倒してほしい。
そんな気持ちなのだろう。

六駿の仲間たちは、一言も陸遜を責めなかったに違いない。
そして、私も、彼を責める理由なんてない。

「皆様、おつかれでしょう。まずはお休みください。後でお迎えをさしあげます。」

「皆様が戦場に出ていらっしゃる間、私は何も出来ませんでした。今も・・ですが、今後の準備は私も出来うる限りお手伝いいたします。今はどうかお身体を休めてください。」

そのまま、礼をし下がろうとしたのに。
「・・・ごめん。僕のせいで。僕を責めてくれてかまわない。」
私達の間にはほんの1歩の距離しかなかった。
けれど、彼はそれが絶対的な溝のように、あちら側からすがるように見つめてくる。
「何故、陸遜を責めるのですか?玉璽奪還という任務を果たされた方に。」
「じゃあ、どうしてさっきから型通りのことしか言ってくれないんだ。」
「お話がお済みでしたらこれで失礼いたします。」
噛み合わない会話なんて百も承知だ。
話を打切って一礼して下がろうとすると。



手をつかまれた。
いやだ。はなして。
なのに、彼の手は溺れる者のような力ではなそうとしない。
壊れる。・・・何かが。

「お、願いします。今は型通りの言葉で・・・敬語でお話させてください。」

「そうでないと、耐えられない。」
ふれないでほしい。
今、誰かが不用意なことを言ったらそれだけで、この轟々と胸に渦巻いている何かが決壊してしまうから。

やめて。
縋るような声で呼ばないで。

強引に、振り向かされた。
瞳に見えたのは、痛みと、背負った罪と。
なのに、それを表に出すことを許されない人間の顔、だった。
だめだ。
あふれる。
この、身のうちに溜まったものが。
その決壊した流れが目から、口からあふれだす。
「・・うっ」
止まらない。

呼ぶな。
「うっ・・・あぁ・・・うわぁぁ・・・」
ああ、皆びっくりしている。
陸遜以外の六駿たちも、見ていられないとばかりに目をそらす。
城門をはいったすぐの、人が大勢いる場所で。

何これ。
手でぬぐっても涙は後から後から。
口からはしゃっくりのような嗚咽がとまらない。
こんな、いい年をして子供みたいに、みっともない。
私だって、炎烈鎧をいただいている立場なのに。
普通の女みたいに。

「ごめん、ごめん
力一杯、抱きしめてくる陸遜。
なんで。どうして。ああ、思考までもがぐるぐる止まらない。

あの人は、出発前、笑って「行ってくる」と言ったのだ。
全部、覚悟したような笑顔で。
ほんの、一歩踏み出せばお互いにふれる距離で。
ざわざわとした何かを感じなかったと言えば嘘になる。

元々、異国から来た私を見い出してこの国に居場所をつくってくれた。
必要としてくれていた、なんておこがましいことは言わないけれど。
こんなに、心をとられていたなんて今まで気づかなかった。
一緒に、確実に私の中の何かが失われたのだ。

陸遜を、責められたらどんなに楽か。
でもそんなことしない。
彼が望んだとしてもしない。
周瑜様も六駿も、この国の人もそんなことはしない。
そう言ってあげたくても、口は言葉を忘れてしまったかのように嗚咽しか出てこない。
だけど、縋ったりなんてしない。
私の知っている歴史と違っていたとしても、周瑜様が死ぬ可能性を私は知っていた。
わかっていながら、命を救うことが出来なかった。
だから、私も罪人だ。

ずっと天をあおいだまま涙を流し続け。
でも震えてしかたのない片手で、陸遜の服の背をぎゅっと握った。
私を抱きしめて、私の肩に額をつけている陸遜。
本当は、彼も泣きたいのだろうに。
私を抱きしめているようで、本当は縋っている彼。
動けない理由を彼が私に縋っていることにしている私。

・・・陸遜。
強くて弱くて、迷ってそれでも前に進もうとする人。
ただ純粋に人を信じようとする人。
私達がこんなに似てるなんて今まで気づかなかった。

もう、少し、もう少しだけ、こうして支えてあっていられたら。
そうしたらまた私は歩き出す。
軍師・周瑜様が示してくれた、この道を。










Music by 遠 来 未 来 〜えんらいみらい〜曲名「時の子守唄」