「おはようございます」
「おはよう、ちゃん。皆は?」
にこやかに、けれどどこか食えない笑いを口元に浮かべた諸葛瑾が出勤してきたのは、日が天頂に差し掛かる少し前。
相変わらずマイペースで何考えてるのかわからない人だ。
「一旦ここにお集りになってから、周瑜様のところへ。貴方が一番ごゆっくりでしたね。」
「また敬語に戻ってるよ、ちゃん。そんな嫌味までつけなくったって、ねえ。」
「あ、ごめんなさい、意識してないとつい。」
「具合は大丈夫なの?もしかして、昨日からずっとここで仕事してたの?」
「・・・城門で倒れてから少し休んだから大丈夫。煌星の力って体力も増幅してくれるのか、元気そのものって感じかな。」
「・・・」

周瑜様が何も語らない身体になって帰還されてから2日後。
城内は悲しみに包まれていた。
それでも葬儀のための準備、魏に対しての備え、すべきことはたくさんあった。

2日前、私は孫策様、六駿、周瑜様に続く煌星者となった。

周瑜様の死を目の当たりにして。
ただ、立ち尽くして。
空を仰いで号泣していた私。
そんな私を抱きしめていた陸遜の肩から下げた荷物の中から、突然光が零れだした。
青白い、光。
片手を私の肩に置いたまま、陸遜が取り出したものは、直方体の繊細な細工に閉じ込められた光の球体だった。
「これは・・・」
驚いたように陸遜が呟いた。
ますます溢れ出す光。
周囲の官たちがその眩さに目を覆うのが見えたけど、私には全然眩しくなかった。
視界のはしに、呆然としている凌統たちが見えた。
光に誘われるまま、手を翳す。
瞬間。
吸い込まれるような感覚の後、私は見たこともない空間にいた。
目の前には、光る球体。
「玉璽が、を・・・」
いつのまにか隣に立っていた陸遜が呆然と呟くのを聞いた。
そう言われて、改めて目を向け。
初めてこれが玉璽だということがわかった。
どこか、冷たさを感じる青白い光。
この、光を、周瑜様も六駿も見た。
そして、新たな力を得た。
「私にも選択しろ、てことか・・・」
。玉璽は魂の声を聞く。もし、躊躇いがあるなら・・・」
「陸遜。私ね、もう知っている人たちが死ぬのを見たくない。」
「もしかしたら、玉璽の力に呑まれて心の均衡を崩すかも知れない。代償を払わなければならないかもしれない。それでも?」
「覚悟の上だよ。助けるための力が得られるなら、喜んでこの身体を捧げる。・・・陸遜」
「?」
「私は、あなたも失いたくないよ。」
私の願いは、もうこれ以上命が失われないように、ただそれだけ。

そう答えた瞬間。
視界がまた、ホワイトアウトして。
次に気づいたときにはまた、城門のそばに立っていた。
そうして、自分の身体を淡い金色の光が包み、腰に帯びていた炎烈鎧が右腕と肩を覆うように装着されているのを見た。
刃が反った刀の形をしていた炎烈鎧は、まるで巨大な死神の鎌のような彎曲した形に姿を変えていた。
どことなく、禍々しさのある形状。
「これが、煌星・・」
そう呟いた自分の声が、まるで金属音のような、いんいんとした響きを持っていて。
ぱあっと炎烈鎧が四散し元の刀に戻ると。
そこで私の意識は途絶えた。


「あのときは吃驚したねえ。って言うかちゃん、男前すぎでしょ、それ。」
「褒め言葉として受けとっときます。」
煌星した時の経緯を話したら、諸葛瑾はあきれたように笑ってそう言った。
だって、陸遜のほうが死にそうな顔をしてたんだもの。それにそういうのに男も女もないよ、と言ったら。
いや、そういうところがね・・・と。
何か含んでるようですっきりしない態度だなあと思いながら。
目では報告書を丁寧に検分して、私が処理できる分は筆をとって署名していく。
周瑜様のように、なんて出来るわけないので私が出来る分以外は他の文官の方々に回すしかない。
それでも。
煌星したおかげで、こうして六駿に次ぐ立場は保証されたし、私で役立てることがあるのは嬉しい。

ふ、と目の前に気配を感じたと思ったら。
「はい、お茶。」
と茶器を差し出した諸葛瑾がいた。
しまった、お茶ぐらい私がいれればよかった・・・いつもいれてたのにうっかりしてた。
「ごめんなさい。気づかなくて。」
「いいのいいの、ちょっと休憩しよっか?」
「ありがとう。」
気をつかってくれて・・・いるんだな。
ふわり、と花茶の香りが鼻をくすぐった。
ふっと和んだ気持ちになった。
それがわかったのか、諸葛瑾も目を細めて笑っている。
うん、私、頑張れるよ。
皆が私を支えてくれて、私も皆を支えることが出来るから。
さてと。
ごちそうさま、と飲み終えた茶器を置いて、さあ続きを、と思ったが。
おかしい。
なま欠伸が出る。
何か不自然な眠気だ。
まさか。
「諸葛瑾・・・まさか。」
「ちょっと、一服もったよ。少し根をつめすぎだよ、ちゃん。」
「だました!?やっぱり、あなた信用できないし!」
「ひどいなあ。別に寝てる間にいたずらなんてしやしないよ。」
「それも信用できるか!って眠ってるひまなんてないの!」
眼鏡を人さし指でついっと押し上げて口元だけ笑っている男が信用できるか!
いかにも悪いこと考えてますよ、な笑顔だよ。
重い頭を抱えながら、がたがたっと立ち上がり、部屋を出て廊下へ向かう。

いやだ、眠りたくない。
うう、堪え難い眠気だ・・・歩こう。そしたらこんな眠気なんて・・・。

目の前が、ふっと暗くなったと思ったら。
!?何やってんだ、お前。」
ちょうど戻ってきた太史慈将軍に思いっきり倒れこんでぶつかってしまったらしい。
そのまま、ぐらり、といきそうなのを、わわ、と焦って両腕を掴んで支えてくれて。
「・・・諸葛瑾が、一服もって・・・眠いんで眠気覚ましに歩いてきます・・・」
ゆらゆら、左右に揺れながらそれでも歩こうとすると。
「ああ!?まあ、一服もったのは感心できねえが、お前もちっと働き過ぎだ。この部屋でいいから寝てろ。」
「・・・とまってると・・・ねむってしまう、から離して、ください。」
あっるこ〜あっるこ〜わたしはげんき〜・・・ってこんな歌が頭を回ってる場合じゃない。
「おい!」
意識を失うなんて、全然ロマンチックじゃない。
城門前で倒れて運ばれた、って聞いたときも顔から火が出そうだった。
そんなの、恥ずかしすぎだ。
だから誰が運んでくれたのか、なんて聞けなかったし。
あ、でもちょっと限界・・・。
そこでまた私の意識はぷっつりと途切れた。

****
「やっと眠りましたか。」
「お前なあ。」
太史慈の両腕に、だらん、とぶらさがるような形で眠ってしまったを、諸葛瑾が覗き込んだ。
まる2日。
ろくに寝食もとらず、部屋にも着替えに戻るだけの生活をしていたはすやすやと寝息をたてていた。
「そんな大量に服用させなかったんですけどねえ。」
の、頬にかかった黒髪を指で梳きながら諸葛瑾は苦笑した。
「よっぽど疲れてたんだろ。部屋に放り込んでくる。」
よいせっと太史慈がを背中におぶると、諸葛瑾が呆れたように言う。
「って、おんぶですか。せめて抱いていってあげるとか。」
「そんな真似されて喜ぶ女かよ、こいつが。」
「まあ、確かに。」
****

その時、私は半分混濁した意識で。
ああ、この広い背中は太史慈将軍なんだ・・・何かお父さんみたい、って言ったらふざけるな、とか言われるのかな、などと考えていた。
とりあえず、後で諸葛瑾、シメる。
今後はもう、いれたお茶も料理も信用しない、と心に誓った。
そして、そのまま、どこかあたたかな暗闇に飲まれていった。









Music by 遠 来 未 来 〜えんらいみらい〜曲名「時の揺り籠」