『今日の献立』



「甘寧。晩飯で何か食いたいもんあるか?」

鍛練の休憩中のこと。
今日の夕食当番だという凌統に呼び止められた。

呉に来たころに比べればまるで嘘のような平和なやりとりだ。
甘寧にとっての一番最初の凌統の印象は、『戦場にふさわしくない子供』。

事実、凌統を射殺しようとしたその矢で彼の父親を殺害してしまったのは他ならぬ自分だ。
復讐心、号泣、そして、赦し。
この数カ月で自分達の関係もまた目まぐるしく変わった。
偵察に旅立つ自分に、父の形見の髪留をたくしたときの、真摯なまなざし。
月明かりの下で見たそれに、心をゆさぶられ、魏に潜入する間幾度となくそのことを思い出した。
もし、自分だったら。
父親を殺害した相手に、自分からなど絶対に歩み寄れなかったと思う。
強い、子供だ。
子供だというと凌統は怒るが、今の印象はどう言えばよいのだろうと、ふと甘寧は考えた。

「何でもいい」

自分の中の想いはさておき、そう凌統に答えると。

「だから!そういう答えが一番困んだよ!」

他の六駿も同じような答えを返したのだろうか。

「何でもいい」
「お前!オレの言うこと聞いてないだろう!」
噛み合わない会話に凌統がキレた。

「お前のつくったものは何でも旨い。だから何でもいい」
気に触ったのならすまん、今夜の献立も楽しみにしている、と甘寧にしては珍しく続けると
何故か、凌統の顔はみるみるうちに夕陽のように染まった。
「お・・・前、そういうこと直球でしかも真顔で言うか普通?」
「どうした?」
てっきり、怒って、もういい、と行ってしまうのかと思えば。
初めて見る反応に甘寧は不思議に思い、熱でもあるのか?と凌統に近付き額に触れると。

「何でもねえ!」

更に頬を染めて、そのままくるり、と踵を返して駆出していってしまった。
その様子は、海賊、兵士として戦場で生きて来た自分が初めて感じるもので。
それを言葉にするなら・・・。

語彙の少ない甘寧が、その時の感情の正体に気づくのは、もう少し後のこと。


--------多分、気づいていないのは当の2人だけ・・・