『苦いミルク』



「・・・んっ」
「そう、いい感じだよ。」
「・・・」
「そうそう、そのまま、ゆっくり・・・」
「・・・ああっ!」
「っと・・・お陸は不器用だねえ。ほら、口の周り・・・。」
「ごめん、瑾。上手くいかなくて。」
「最初は仕方ないさ。さ、もう一度。」
「・・・わかった。やってみるよ。」

・・・この場合、自分はどうしたらよいのだろう。
凌統は最近六駿の集会場のようになっている部屋の前で、まさに究極の岐路に立たされていた。
室内には陸遜と諸葛瑾がいるのはわかっているのだが、何やら入室するのが躊躇われる会話が漏れ聞こえてくる。

”選択肢1・このまま何も聞かなかったことにして立ち去る”
”選択肢2・何ごともないふりをして扉を開ける”

しっかりしろ、オレ!仮にも大将軍凌操が一子だろう!と何処か違った気合いの入れ方をして悶々とするも良い解決法法が見つからない。
しかし、せっかく夕餉の用意をしに来たのだ、手に持った料理が冷めてしまう・・・嗚呼どうしたら・・・。

「ご、ごめん!苦しかっただろう。すまない。」
「ああ、ちょっと吸い込む量が多過ぎたねえ。」

そうこうしているうちに、室内は何やら佳境に入っている雰囲気である。

「何をしているのだ、凌統?」
「うわっ!・・・なんだ、甘寧か脅かすな。・・・何か入りづらい雰囲気で。」
「?陸遜と諸葛瑾の声だな?別にかまわんだろう。」
ちょうど、やってきた甘寧が、そのまま無造作に扉に手をかけるのに凌統は焦った。
いや、いきなりはまずいだろう!
「待て、それならオレが開ける!兄貴!瑾!邪魔するぜ!?」

バターン!と音がするほどの勢いで扉を開けると、陸遜と諸葛瑾が驚いたようにこちらを振り向いた。

二人とも、きっちり服を着込んでいる。
いや、それどころか、アヤシイ雰囲気のアの字もない。
「あ、あれ?」
じゃあ、さっきの漏れ聞こえて来た会話は何だったんだ?と思った凌統だったが、陸遜の腕に収まった小動物に気がついた。
同じく、こちらを見て、みゃあ、と頼り無げな声でそれは鳴く。

「何だ?そいつ?」
「ほう、アライグマだな。」
「そうなんだ。城の中庭に紛れ込んで来たのをさっき見つけて。」
お腹が空いてるみたいだったから、山羊の乳を分けてもらって飲ませようとしたんだけど、と陸遜はもう片方の手にもった麦藁を見せた。
ストローのように、器に入った山羊の乳を吸い上げて飲ませようとしたのが上手くいかなかったらしい。

「まったく、お陸が不器用すぎて何回も失敗するしさ。そのくせ、自分が飲ませるってきかないし。」
「だって、僕が連れてきたんだから。」
「はいはい、お陸は責任感が強くて真面目だねえ。」

しっかりとアライグマの子供と麦藁を抱えたまま言いつのる陸遜に諸葛瑾は苦笑する。

「な〜んだ。・・・変な想像しちまって損した。」
「?どうしたんだ?凌統。」
「え?な、何でもねえって。甘寧、料理運ぶの手伝え!」
「う、うむ。」

頬を赤らめて慌てて出て行く凌統とそれに引っ張られていく甘寧を見て、陸遜は不思議そうに首をかしげた。
「どうしたんだろう?」
「ああ、そうか。そういう想像しちゃったわけだね。」
思い当たったらしい諸葛瑾に。
「瑾はわかるのかい?」
「まあね。おや、お陸、まだついてるよ、口の周り。」
「え?どこ?」
「そっちじゃなくて・・・ここ。」

見当違いの場所を拭う陸遜に。
何を思ったか諸葛瑾は、にやり、と笑うと陸遜の腰に手をまわして引き寄せた。
驚いた陸遜はされるまま、腕の中のアライグマもびっくりしたのか、ミャウ、と声をあげる。
「瑾?」
目を見開いた陸遜の口元、ぺろり、と諸葛瑾の舌が舐める。
そして、何か言いかけた陸遜の唇も舐めてそのまま舌を差し入れる。
素早く、歯列をわって上顎を一巡りした舌は、入ってきたときと同じように唐突に引っ込められ。

「甘い、ね。」
口元だけで笑みを作って諸葛瑾が言う。
「・・苦い。」
逆に陸遜は顔をしかめた。
「煙草の味はお気に召さなかったみたいだね。」
嫌がることはもうしないよ、と言って離れようとした諸葛瑾を、陸遜の手が止めた。
「お陸?」
「苦いけど・・・嫌じゃない。瑾の味だから。」
「そういう可愛いことを言われると、またしたくなっちまうんだけどねえ。」
「・・かまわない。」

再度、抱き寄せた諸葛瑾に、陸遜の腕の中でアライグマが抗議するように声を上げた。


一方、部屋の外では。
「なあ、甘寧・・・また入りづらい感じになってるんだけど。」
「・・・」
入るに入れないでいる二人がいましたとさ。