『巡る環』



それは、抜けるような青空の下。
野辺送りの列はしずしずと進む。

村外れの寂しげな墓地。
集まった人々に囲まれ、土の匂いの新しい穴の中に棺が降ろされる。


陸遜と孔明が旅の途中立ち寄った先の村での出来事だった。

やめて、埋めないで、泣き崩れる母親らしき女性をなだめ。
どさり、どさっという音に小さな棺は土中に埋もれていく。
やがて、小さな墓碑が立つと慟哭する女性を抱き抱えるようにして村人たちが去っていく。


淡い翡翠色の目に憂いをたたえ、悲しげに見送る傍らの師を見上げて。
陸遜もまた、母親らしき女性の悲しみに胸を痛めた。

「孔明様。」
「陸遜。生まれてきた命は土に還るのです。」


人々が去っても二人はそこに佇んでいた。
物思いにふける様子の孔明を、陸遜は所在なげに見る。

孔明と出会って二年ばかりになるが、陸遜の中で両親と死別したという記憶はなぜか朧気だった。

気がついた時には、親族の家の寝台の上だった。
自分を引き取りに来てくれた大叔父に、何も覚えていないと呆然と答えたあたりまで記憶は曖昧模糊としている。

それでも大切な人を失った人の悲しみは、師の悲しみは理解できる。
きっと、自分が父母の死や親族との別れを深く嘆かずに済んでいるのは、この師がいてくれるから。
聡明で、美しく、優しい師。
陸遜の中で、孔明は遠い記憶の中の両親よりも大きな存在だった。

まだ墓碑を見つめる師の手を握って見上げる。
小さな自分の手。
もしこんな子供でなく、自分がもっと大きく強かったら師匠の悲しみを減らしてあげられるのだろうか。


「別れは必ず訪れます。私もいずれそなたより先に逝く。それがこの世の理。」
「そんな、嫌です!」

貴方と離れるなんて。
それは、考えただけで胸が刺し貫かれるように痛むことだった。
ぎゅう、と孔明の手を握って陸遜が声をあげる。


遠くを見つめて風に消えそうな言葉をつむぐ、師。
その姿は、こうして手を握っていなければ、自分を置いてどこかに飛び去ってしまいそうなほど儚げに見えた。

「五行についてそなたに教えたことを覚えていますか?」

唐突な問いかけに。
食入るように孔明の横顔を、風になびく白銀の髪の行方を見つめていた陸遜が慌てて、教えられたことを思い出しつつ答える。

「はい、五種類の元素が互いに影響しあい天地万物を循環させて世界を構成していると。」

「異国には五大元素という考えもあるそうです。地、水、火、風、空。そして、輪廻という流れ。人はそこに還りその中で、再び出会いを待つ・・・そなたにはまだ難しかったか。」


やっとこちらを見て微笑んでくれた師にほっとしながら、陸遜もまた答えた。

「いいえ。この世界になることはわかります。大きな輪の中に、ぼくたちは入るのですね。」
「そこまで理解できるとはそなたは賢い。」

えへへ。 褒められて面映そうに笑う陸遜に、また孔明も笑みを深くし、陸遜の柔らかな黒髪を撫でた。

「命はかならずまた巡り会う。そなたとは離れたとしてもいつか必ず巡り会います。だから嘆いてはなりません。」
「はい。かならず会えるのですね。我が師よ、だから待っていてください。」

そこで、ふと気づいたように陸遜は付け加えた。

「でも、もしかしたらこの戦乱の中、ぼくのほうが先かもしれません。」

「そなたは師より先に逝くという不幸を、私に背負わせるのですか?」
眉をひそめた孔明に。

「いえ、もしも、もしもです。」

頬を上気させ。 一生懸命言葉を選んで言う弟子の様子が愛おしく、孔明はかがんでその小さな身体を抱きしめた。

あたたかい。
命あるもの。
愛しい。
お互い、何も言わずとも伝わる想いと温もりに。
陸遜もまた、孔明の胸に頬を押しあてながら。

「もし、ぼくが先だったらきっと我が師を待ってます。いつか、我が師が来てくださるのを待っています。」

風が吹きわたる。
陽の光が降り注ぐ。
人一人失ってなお世界はこんなにも美しい。


「ぼくは・・・でなくて私は、風に、いえ空になって待っていますから。」




そして、今。
中原を渡る風に、漆黒の髪をなびかせ孔明は立ち止まった。

空を見上げ、陸遜、と呟く。
風に、光になった愛し子。

あの日と同じように風は空を巡り、陽の光は大地に注ぐ。


「風と会話されているのですか?孔明様?」

何時のまにか、影のように付き従っていた男が問いかける。

「・・・趙雲。そなたはもう自由です。私などに従っていることはありません。」
「はいはい。お邪魔とあらば消えます。孔明様はこれからどうされるおつもりで?」
「・・・」

妬けますね。
くっく、と独特の笑い声を残して男は、影のように姿を消す。


それを見送り、孔明は再び、風を追って空に目を向けた。

陸遜。
いつか必ずまたそなたと巡り会う。
それは、遠い日の約束。

『いつか、我が師が来てくださるのを待っています』


・・・陸遜。

それはこの世界の名前。




後書きという名の言い訳・第二弾。:
最終回(25話)後のねつ造ストーリーその2です。
・・・これがオフライン発行の話につなげ・・・られたらいいな(希望)。













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