『無題』



完璧な容姿。
完璧な頭脳と身体能力。
そして誰に対しても人当たりがよく、周囲の評判は上々。
加えて家族思い。
そんな絵に描いたような人間。
でも。
完全無欠すぎてどこかに”嘘”があった。
まったく、酔狂なことをしていると。
そういう自覚はある。
確率は一桁。
が。
この、組み敷いている相手は大量殺人者かもしれない。
しかも、自分が手をくだすことなく死に追いやる。
「--・・」
無意識に。
熱の固まりを飲み込んだようにカラカラな喉から。
絞り出されるように呼ぶのはかの殺人者の名前。
熱で曇った視線を虚空に彷徨わせながら、薄い茶色の髪を揺らせて彼は違うと首をふる。
それは、自分の名前ではないと。
これは、戦いでもある。
どちらが先に、陥落するか。
終焉が近いことを感じ、喉の乾きに耐えかねるように唇をあわせれば。
しなやかな腕が首に回されるのを感じる。
・・・失墜する感覚。
目を閉じる瞬間。
確かに。
瞳を三日月型に笑ませる彼を見たような気がした。