『無題3』



「出来るなら息子には何も知らせずにおきたい」
ああ、親の愛情というものは何て大きくて深くて、そして利己的なのだろう。
「今回のことは人為的に起こされたものではない。死神なんて誰も信じないだろう。きっと息子は脅されてやっていたんだ。心神喪失状態にあたるといっていい。」
必死だ。
次から次へと、まるで滾々と湧き出る水のような愛情。
そして、それは、ついに器の縁から溢れ出てしまった。
燃やされた、死を運ぶノート。
それが灰となったとき、キラという別名を持つ”彼”は意識を失い・・・そして目覚めた時はこの数カ月のことを何も覚えていなかった。
「・・・確かに。日本の刑法で39条でしたか。心神喪失状態の者は罰することができない、でしたね」
「そうだ」
「この場合はそれに該当するか非常に微妙なところですが」
「だが、何も覚えていないと」
「ええ、わかってます。誰に説明したところで死神なんて誰も信じないでしょう」
「・・・すまない」
目覚めた”彼”は、ノートを拾ったことも、大量に人を殺めたことも、命がけの対決のことも、一切覚えていなかった。
ただ。
奇妙な罪悪感のような、そんな衝動に見舞われることがあると。
かなり憔悴しきった顔の父親が言っていた。
父親は、それを数カ月分の記憶がないことだと。
奇妙な大量殺人が起き危うく自分が巻き込まれそうになったことに家族として何も出来なかったことに対するものだと説明したらしい。
そして、その罪悪感、それを今後世のため人のために役立てるべきだと。
それは。
まるで人が生まれながらに背負っているという原罪にも似たものだ。
一生、どんなことをしても消えることがない。
「彼ならばその優秀な頭脳で警察庁に入り、加えて貴方譲りの正義感で人のために働くことができるでしょう。それでも・・・」
「わかっている。親として、息子だけでなく自分も一生責任を負っていくつもりだ。」
一生、それを背負って行く、と。
それもまた・・・。
そんな数時間前のやりとりを思い出しつつ、ICPOへ提出する書類をまとめ終えて。
ぱたり、とibookのふたを閉じる。
長く滞在した、豪奢なこのホテルの部屋とも今日でお別れ。
あと2時間もすれば、自分は機上の人間となっているだろう。
いろいろ、あったと目を閉じる。
本当に、いろいろ。
まるで郷愁のようなその感覚。
・・・郷愁?
郷愁というよりはむしろ・・・無念や喪失感。
かつて命がけで対決した”彼”を昨日見舞った。
父の上司で数々の難事件を解決してきたという”L”を、”彼”は純粋な尊敬の目で眺め。
自分とあまり変わらぬ年であることに、いくばくかの羨望と競争心が見えかくれする目で挨拶してきた。
その時に感じたのは喪失感だった。
悟った。
自分は、”彼”に”恋”をしていたのだと。
あの、挑戦を押し隠そうとしていた薄茶色の瞳に。
柔軟な頭脳に。
命がけの駆け引きに。
そして、ふとしたことから始まった関係に。
確かに快感と高揚感を見い出していたのだと。
「わざわざ見送りに来ていただかなくてもよかったのに・・・身体のほうは大丈夫ですか?」
「ええ。御心配をおかけいたしました。」
父親と共に、最後に見送りにと空港の出国ロビーで待っていた”彼”は。
そう答えて柔らかく微笑む。
その目にはやはり特別な感情はなく。
やがて、搭乗をうながすアナウンスが英語と日本語で交互に流れ。
「頑張ってくださいね」
「はい」
名残惜しくてそんな言葉が飛び出した。
「いつか、一緒に仕事が出来たらいいですね」
「光栄です」
傍らで、深々と頭を下げる父親。
それぞれと握手を交わし。
”彼”が何か小脇に抱えているのが目にとまった。
「それは?」
「ああ。さっきそこの待ち合い室の椅子に置いてあって。多分誰かの忘れ物だと思うので後で届けます」
成る程、本当に正義感があってよい警察官にも刑事にもなりそうだ。
出国手続きのために、歩き出そうとして、ふと足をとめる。
・・・黒いノート?
振り向くと。
ちょうど、反対側に歩き出そうとした”彼”と目があった。
とても、綺麗な笑顔でノートを掲げて手をふり・・・・。
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The endless end.....The end is another begining....