砂塵の迷図
2.
碧という色はこの砂漠では滅多に見られない。
遥か彼方から見るオアシスの水と木々の色。ルフィの大好きな色だった。
何とはなしに、子供のような好奇心でその2人組のほうをちらちらと覗っていると。
何だ?とでも言いたげな男の碧の視線とかちあってしまい、あわてて目をそらす。
どうやら、一般の人間よりも勘も感覚も敏感なようだ。
「あいよ!お待たせ!」
威勢のいい声と共に、酒場の主人が大盛りになった料理と盃をどかっと卓に置く。
香辛料の食欲に訴える匂いが鼻にとどく。
「おお!いただきまーす!」
さっきまで眺めていた男のことなどすっかり忘れて、2人は料理に飛びついた。
スパイスは、肉の臭みを抜くだけでなく、食欲も増進させる。
大盛りに盛られた紅くさえ見える肉の塊料理。
湯気をたてているスープに、やわらかくバターの香りが利いたナン。盛り合わせになった色とりどりの果物。
実際、この店は知る人ぞ知る、安価で上手い料理と酒を出す店でもあった。
ルフィもウソップも、盛んに食べ、飲んだ。
時折、辛さでひりつく喉をラッシーと呼ばれる一種のヨーグルトやミルクフルーツの甘い、しっかりした果汁でなだめ、潤しながら。
飲み食いをしていると、隣のテーブルに座った5、6人の日雇い労働者風の酩酊集団の騒ぎがどうしても耳につく。
どこの国でもそれは変わらないだろう、ゲラゲラ、ウヒヒヒ、野卑な笑い声と、猥談。
「・・ちっ、うるせえなあ・・。」
どっちかといえば人に対して寛容なルフィやウソップでさえも、耳障りと思うボリュームでの騒ぎだった。
別に日頃の憂さをはらすために呑むのが悪いことではない。笑い声だって酒場に満ちていたほうが楽しい。
が、少々、その集団は常軌を逸しているようにも見えた。
どうせろくなことを考えているのではなかろうが、時折ちらりちらりとこちらを見て、下卑た笑い声を仲間内であげるのも、気分が悪い。
「おーっとっとっと・・・。」
ようやく会計をして店から出ようとした男達の中で、完全に酩酊したらしき男の一人が、ルフィとウソップのテーブルに倒れ込んでくる。
ガッシャ・・・ンと、皿に盛られていた肉や飲み物が床に散乱する。
「いて、いてえ!」
男は質が悪く、座っていたルフィの膝にしなだれかかるようにして、すがりついてくる。
さすがにこれにはルフィも顔をしかめ、男を振り落とそうとする。
「おい!よせ!」
たまりかねたウソップが、男をルフィから引き剥がして突き飛ばした。
ああ、時々いるんだよな、こういうばかが・・・。
ルフィは多少うんざりした気持ちになる。
が。
脇腹にあたった感触に、一気に意識はそこに集中する。
見れば、どよんと濁った目をした男の1人がルフィの脇腹に何かをつきつけている。
饐えた汗の臭い、そして押し殺された囁き。
「けが、したくねえよなあ?ちょっと、外でようか?」
(こいつ・・・。)
つかまれた手首をふりほどいて、反撃しようかとも考えたが、とりあえず、店の中じゃ騒ぎはまずいと思い直す。
どこか路地裏ででもけりをつけるか・・・。
そう考えて、手首をつかまれたまま、おとなしく男達に店から連れ出される。
「ちょ・・ちょっと待て!」
「だめだ、ウソップ」
慌てるウソップを制して。
なるべく刺激しないように、伏し目がちでいたから、店の隅で2人連れの男たちが立ちあがったのには気づかなかった。
どんっと石の壁に押し付けられてルフィは顔を歪めた。
苦手な酒のにおいが顔にかかる。
相当酔ってるらしい男達がにやにや笑いながら取り囲む。
(たちが悪ぃ酔っ払いに絡まれちまったなあ・・・しょうがねえ。)
そいつらの一人が合図を送ると暗がりから新たに男達が立ちあがる。
「よーう、頼まれた通り連れ出したぜー?」
格好はそこらの一般人に見えるのに正真正銘の殺気をはらんでいる。
それに加えて黒い覆面に顔を隠した男達。
ざっと半円にルフィを取り囲み、半月刀や短銃など思い思いの武器を取り出す。
その武器の構え方、一見無秩序に見えて、ルフィの間合いを見切って取り囲む様子は素人ではない。
(しまった・・・)
暗殺集団だ。
裏の仕事に関わる時に王宮の人間が利用する、ふだんはけして表に出ない集団。
これまで、こんな大掛かりに命の危険にさらされたことはなかった。
約20人。
自分とウソップだけだというのにこれはまた随分と大袈裟な人数だとルフィは思った。
この場で殺すつもりなのか、人質にするつもりなのかはわからない。
「おとなしくしていただこうか。」
一通りの体術は学んでいるし「切り札」もあるが・・・。
(・・・みんなまとめて眠らしとくか。)
ルフィが突きを繰り出すべく静かに腕を脇に引き付けようとした瞬間。
金と黒の旋風が起って男達のからだが弾き飛ばされた。
同時に、自分の前にかばうように立ったがっしりした背中。
「女性には丁寧に!」
さっき、店にいた2人組だった。
金髪の男はルフィに襲いかかろうとした1人を上段蹴りで一蹴すると、身軽にも身体を反転させ、こちらに向かってくる黒覆面たちを、さまざまな蹴りを駆使して追い詰めた。
華麗と呼ぶにふさわしい体術、ふわり、と民族衣装の上着が翻る間にほとんど足技だけで何人も一気になぎ倒す。
「一人に何人がかりだ?」
もう1人。
ルフィが見とれた、あの碧の髪と目の持ち主は。
鞘に入ったままの刀で一旦、こちらに向かってこようとした男達2人をなんなくその攻撃を止めて。
反動で相手を弾き飛ばす。
そして、次の瞬間にはすらりと刀を抜き放って暗殺集団と切り結ぶ。
三刀流。
(・・・なんて、なんて強いやつらなんだろう。)
ルフィは、さっきの背中への衝撃からまだ立ち直れないまま、呆然とその戦い振りを見守った。
暗殺集団はこの国で最も強い部類に入る人間ばかりを集めたはず。
なのに、この2人はその攻撃をすべて最小限の動きで躱し、同じく最小限の動きで的確に敵を屠っていくのだ。
あっという間に暗殺集団のほとんどは呻き声をあげながら地に伏していた。
「・・・!」
残るは、あと数人のみ。
そのうち、1人がじりじりと碧髪の剣士の死角にまわりこみ、半月刀に似た武器を一閃させようとした。
「あ、あぶない!」
ようやく、動けるようになったルフィは咄嗟に、剣士を背後から狙った相手の脇腹めがけて、迅速に回し蹴りを繰り出した。
黒覆面の姿勢が傾いだところに、その懐に飛び込むと腰を落として鳩尾に肘を叩き込む。
ごぼっと、いやな音を口からもらして半月刀をとりおとし、黒覆面が倒れこむ。
剣士の目が、軽い驚きに見開かれる。
人を見た目で判断すると、こういう目にあうのだ。
今回は助けてもらったが、ルフィはそう言ってやりたかった。
分が悪いと悟ったやつらは仲間の動かない体をかつぎあげ、薄暗い路地の奥へと姿を消していった。
「お嬢さん、おけがは?」
金髪で整った顔立ちの男が青い目をとろけるように細め、にこやかに手をさしのべてくる。
ついでに、白くて小奇麗なハンカチをもさしだして、傷はありませんか?よかったら家までお送りしましょう、などと話し掛けてくる。
(おれはお嬢さんじゃないんだけど。)
間違えられても仕方ないのかもしれない、とルフィは内心、ため息をついた。
この国の民族衣装は、上着は男女兼用のものでゆったりとして袖口が広く、膝頭までおおう。
加えて自分は、ベールも被っている。
成長期にある手足は筋肉なんてちっともつかない、がりがりですとんとした印象しか与えないだろう。
「ありがとうございました。」
とりあえず礼だけは言っておくことにした。
できるだけかわいらしく、か細い声で。
油断させておいて実は・・・何てこともあるかもしれないから気は抜かない。
と、それまで腕組みをし黙ってこっちを見ていた碧の髪の男が口を開いた。
「・・お前、そんな格好してるが男だな?」
眉根を寄せてこちらを見る、その視線は鋭い。
「・・男お!?うそだろ!?」
金髪の男が素っ頓狂な声をあげる。
「男と女とじゃ、身体の気の流れが違う。それによく見てみろ。」
男だったのかよ、まぎらわしいカッコしやがって、と金髪の男は今度は無遠慮にじろじろとルフィを観察してくる。
最初から、女だなんて言ってないだろう、とルフィは鼻白んで突っ込みを入れたくなった。
だが、先刻、助けてもらったことは事実。
ルフィは、くるっと2人に向き直り、にっ、と会心の笑みを浮かべた。
その笑顔に安心したのか、碧髪の剣士の表情が、へえ、というように緩み、口元に笑みが浮かびかけた。
つられたように、金髪の男も気を取り直したように苦笑いを浮かべて。
そうして、ルフィが改めて礼を言おうと口を開きかけた矢先に。
にわかに表通りがどよめく。
恐ろしい勢いでラクダに乗った軍人たちが駆けつける。
「ルフィ〜!無事か〜!?」
聞き覚えのある声がこちらに向かってくる。
ウソップ、姿見えないと思ったら軍隊に助けを求めに行ったな・・騒ぎを大きくして・・と少しだけルフィはうらめしく思った。
本日はゲームオーバー。
それより少し遅れて、またラクダに乗った男が1人、路地裏に到着する。
丈夫そうな硬い革のブーツが降り立ち、ざっ、と砂塵が微かに舞い上がった。
何か、嫌な予感がルフィをかすめた。
降り立ったその男を見てルフィは顔を顰める。
「コ−ザ」
コーザが出たからには・・・あの人も。しかし登場人物これ以上ふやして・・どうすんだ?私よ?
しかも、まだ例の2人組は名前も名乗ってないじゃないですか!?
あ、食べ物に関してですが、ほとんど混合状態・・・印度料理なのか、中近東方面なのかベトナム風なのか・・・原作でもそんな詳しく描写されてないし
いいや、印度寄り混合で!(いいのか?)
3.へ