砂塵の迷図


砂漠の果ての宮殿の
そのまた奥に3つの妙なる宝玉あり
人曰く 内より輝き出づるその玉は
ひとつは金色 ひとつは銀色 そしてもう一つは夜より明るい黒曜と
夜明けに碧と金の風吹けばそれを合図に砂嵐
・・・・・
去った後の月の砂漠
王たる者は友を従え砂上に立ち
宮殿には民と共に女王立つ
砂塵と共に・・・


「・・その歌は?」
問いかけに、リュートを爪弾きつつ歌を口ずさんでいた男は答える。
「きれいな歌だろ?ずっと昔からこのアラバスタに伝わる歌さ。」
焚火の向こうで笑う男に頷いて空を仰げば、そこは砂粒と同じくらいの星が瞬いていた。


4.(〜ゾロの回想〜)


ルフィと出会う一ヶ月前。

砂漠の国を訪れるきっかけは、ほんのささいな出来事からだった。
行きつけの酒場、そんなに広くはないが落ち着く店内。

Counting the hours
Time goes by,nothing matters
Sitting alone in the night
Music is playing
・・・・・

静かなボリュームでかかる、物悲し気な女の声が歌うジャズのメロディ。
明度をしぼった照明。
それぞれのテーブルで交わされる話、笑い声。
どっしりした一枚板のカウンター、向かい合う棚にずらりと並んだ様々な国、様々な度数の酒の瓶。
ちょうど依頼された仕事も一段落した後のことだった。
おれと相棒はすっかり指定の場所となったカウンターに陣取り。
おれは、気に入りの辛口の発泡酒をジョッキを傾けて喉に流し込んでいた。
喉を通る、凍る寸前まで冷やされた酒の刺激が心地よかった。
「あんたが探してるっつった男・・なんつったっけ?」
相棒のふってきた話題に、思わずジョッキをカウンターに戻す。
「・・鷹の目。」
「そう、そいつ。”アラバスタ”って国にいるらしいぜ?」

飴色のバーカウンターに肘をつき、様になるしぐさで煙草をくわえた金髪の相棒がそう言ったのがきっかけ。
話を聞くと、砂漠の国・アラバスタから帰った賞金稼ぎ仲間が目撃したらしい。
黒のぴしっとしたスーツといい、セピア色の店内でも光を放つような金髪といい、女たちから送られてくる秋波にまめにこたえるところといい、まさかこの男が賞金稼ぎだなんて誰も思わないだろう。
「・・・で、どうする?」
「行く。」
決断は早かった。
その男に再び逢うためだけに、おれはこれまで生きてきたと言ってよかった。
生き急いでいるのは承知していたが、服に隠れている傷が疼く。
それが、おれを先へ先へと駆り立てる。
音楽が途切れ・・また新しい曲が流れ出す。
今度はどこかエキゾチズムを感じさせる弦楽器の曲。

「やっぱりね・・・そう言うと思ったぜ。」
たゆたう紫煙の向こうで青い目が微かに笑う。
「よし、おれもつきあってやりますか。」
「別にお前までつきあう必要はねえ。」
「相棒だろうが。あと、砂漠の国の食材ってのにも興味あるしな。」
おれがついてるからには、再戦まで栄養失調になるってこたあねえぜ?とくつくつと喉の奥で笑って。
そしてどこか晴れやかな顔でサンジは、カンパイ、と水割りの入ったグラスをカラン、と持ち上げて見せた。

こうして、約2週間後。
アラバスタの玄関口・ナノハナにおれ達の乗った船は着いた。
しかし、鷹の目が目撃されたという首都には、さらに砂漠を半月旅しなければ辿り着けないという。
早くも南国の風が椰子の街路樹をわたってきて、額や首筋にじわじわと汗が噴出してくる。

「さて、これから砂漠を越えなきゃいけないわけだが・・・。おい、どうした?」
桟橋に下りるが早いか外国人とみてわらわらと群がり寄ってくる自称・ガイドたちを追い払いながらちょうど町の外れ付近、砂漠の手前で準備を整えているらしき隊商に目をとめて、おれは近づいた。

「首都へ行くために砂漠越えをしたい。用心棒として雇ってもらえないか?」
隊長らしき髭をたくわえた色の浅黒い男は、ざっとおれの全身に目を走らせ、それから頷いた。
「ああ、いいだろう。報酬は後払いになるがそれでもいいか?」
意外だった。
こんなあっさり雇い入れてもらえるとは正直思っていなかった。
そう思って尋ねると。
「賞金稼ぎのロロノア・ゾロだろ?こっちの大陸でもそれくらいは伝わってるさ。・・・その3本刀でね。確か、一人相棒がいたはずだが・・ああ、来たみたいだな。」
首をひねって後ろを振り向けば、サンジが悪態をつきながら走りよってくるところだった。
「おい!おれを抜きに勝手に交渉してやがってどういうことだ?ああん?クソ剣豪!?」
とりあえず今は無視して交渉の詰めに入る。
「というわけで、2人とも腕には自信がある。それに、こいつはコックだ。腕についちゃおれが保証する。」
「そりゃあ心強い。じゃあ、1時間後に出発だ。準備が出来たら来てくれ。」
交渉成立。
隊商の連中といったん別れて、さあ、準備をしようとサンジを振り返った途端。
どごっと、膝下に蹴りを入れてきやがった。
「・・痛ぇ・・おい、何怒ってやがるんだ!?」
「初めての土地でろくに食材について知りもしないのにいきなりうまい料理が作れるわけねえだろが!しかも勝手に人抜きで交渉してやがって!」
無視されたのが気に食わないのか、いらいらとタバコに火をつけて咥えたまま、こちらの胸倉をぐいと掴んでくる。
そうすると身長同じくらいなのでちょうど目線があう。
道行く人間がはらはらした顔で見ているが、こんなのはまだ序の口、長い付き合いの中じゃ日常茶飯事だ。
それに、喧々とわざと汚い言葉を選んで捲し立てるのも、喧嘩っ早いのも本当は人から舐められないための精一杯の虚勢だ、とわかってるから気にもならない。
とりあえず、その手をはっしと掴んで退けながら。
「お前の腕だったらどんな材料でもうまい料理になるだろ?少なくともおれはうまいもんしか食わしてもらってねぇしな。」

至極あたりまえなことを言ったつもりだったが。
サンジは、青い目を見開いて咥えていたタバコをぽろりと落とし。
それからその頬が徐々に赤くそまっていった。

「・・・お前って時々、すごい殺し文句言うな。」
「何がだ?」
「・・・いや、わからねえならいい・・ったく無意識ってのがまたねぇ・・・。」
ひらひらと手をふって砂漠越えのための物資調達に行く、と言って歩き出したその背中に、おれは呟いた。
「・・・変な奴。」
案の定、今度は容赦ない蹴りが顔面に飛んできたのは言うまでもない・・・。

ーーーーーーーーーー
熱砂の砂漠を。
星と月と太陽で方角を割り出し、地図と見比べながら隊商は進む。
太陽が幾度となく昇り、月が満ち欠けし。
オアシスを辿っておれ達は旅を続けた。
オアシスといっても、湧水のようなそれは小さな、せいぜい2メートルにも満たないような池だった。
それを点々と辿って人間とラクダの飲み水を確保しつつキャラバンはアラバスタの首都を目指す。
出発の前に調達した、ジュラバと呼ばれるフード付きの踝まで届く上衣を隊商の人間だけでなくおれもサンジも纏っていた。
この砂漠で炎天下から身を守ってくれるだけでなく、急激に温度が下がる夜は防寒着にもなった。
風通しもいいので服の中に砂が入ってもすぐに払いだせる。
しかし、水を無駄にはできないので、皆、砂塵で到底清潔とは呼べない状態になった。

じりじりと太陽は照り付け、大気さえも熱を持った状態で。

隣のラクダに乗るサンジは汗が目に入ったのかしきりと目元をこすっている。
「大丈夫か?」
「誰の心配をしてるんだ?クソ剣豪?」

突然、地面が蠕動した。
ラクダの1頭が警戒の叫びをあげるとそれは瞬く間に隊商全てのラクダに伝染する。
パニックになった何頭かは乗り手を振り落としてあさっての方角へ駆け出す。
何とか、ラクダをなだめつつ見ると。
・・・砂食い!
アラバスタの砂漠に住むという怪物だ・・・!
穴のふちで砂に足をとられて転んだラクダが哀しい悲鳴をあげる。
ずるずると、砂食いの穴に引き込まれ、耳を覆いたくなるような音が響き・・まるでごみでも放り出すかのように、さっきまでラクダだったものが穴の後方に投げ出された。

初めて見た砂食いは蟻地獄をそのまま大きくしたような外観を持っていた。
そいつが全部で3匹ばかり。
砂の中で渦を作り、獲物を引きずり込もうとし、または砂を滝のようになだれ落としながら襲ってくる。
「さがってろ!」
隊商の人間達を下がらせてすらりと刀を抜く。
まずは1匹。
昆虫のような腹部を一刀両断にする。
耳障りな声をあげて二つに分断された砂食いが崩れ落ちる。
そして2匹目。
こざかしくもちょうど人の足元に渦を作って引き込もうとするのを跳躍して避け。
跳躍したその勢いを利用して垂直に穴の底に刀を突き刺す。
まだ、びく、びくと動く怪物から刀を引き抜いて穴から出る。
もう1匹いたはずだが・・・真後ろか!
反応が一瞬遅れた。
が。
突然、砂食いがくずおれた。
「肩肉・・ってこいつにゃ肉はねえか。」
どうっ・・・地響きを上げて、もう1匹はサンジの蹴りで地に倒れた。
この男の蹴りはそれぞれ食肉の部位ごとの名前がついていて急所にたたきこまれるそれの威力は凄まじい。
「・・・助かった。」
「別に。こんな奴ら束になってきたっておれに勝てやしねえよ。」
一応礼を言うと、そっぽを向いて、とんとん、とタバコの灰を落としつつ言う。
まったく素直じゃない奴だ。

先ほど、散ったラクダ達も落ち着きを取り戻し、隊商はこぼれてしまった積荷を拾い集める。

「とりあえず、荷を集め終えたら休憩にしよう。」
隊長の一言で、荷を集め終わった連中が、休息をとるべく仕度を始める。
先ほど戦闘のあった場所から少し移動した所で。
荷物を背中から一旦おろしてやると、ぶふー、と息を吐き、ラクダが砂の上に座り込む。
それを首筋をたたいてねぎらい、隊商のほかのラクダ達と一緒にロープにつなぐ。

何日も共に旅をすればこちらの習慣にも大分慣れる。
まず砂の上に絨毯を、さっと広げて、それから食事の支度を始める。

3つの三角形の石を砂の上に配置し、その上に大きな鍋を置いて即席のコンロにする。
食事は日持ちのするものが中心で、カバブと呼ばれる肉や肉と野菜を煮込んでスパイスで味付けがされたもの、ナツメヤシの干したものが旅中の主な献立だ。
何時の間にか、すっかりこちらの調理法に馴染んでしまったサンジがあれやこれやと講釈しつつ料理するのを。
しきりと感心したように隊商の人間も頷きつつ味見をする。
何だかんだ言いつつ、しっかり馴染んでるその様子に、こっそりと苦笑する。
食事を摂り終えると、空は既に暗くなっていた。

砂の世界は不思議と静寂に満ちている。
夜ともなれば交代で不寝番をしながら、星を眺めた。
しんとした世界で、おれはその時アラバスタに伝わるという歌を聴いた。
不思議にどこか懐かしい旋律の。

そして、そんなある日、ついに首都・アルバーナについた。

その日だけはまだ、宵のうちから出発し、隊商は黙々と歩きだした。
空は次第に色を変え始め、そして砂丘の間から太陽が顔を覗かせる。
突然。
夜明けの青紫色の空と焦げ付くような風景の中に、透き通るような碧色が煌いた。
鮮やかで瑞々しい色彩。
砂漠を旅してきてオアシスを見つける感動を、おれはこの時初めて味わった。
「この国で一番、尊ばれるのは碧色なのさ。ちょうど、あんたの髪と目の色みたいな、な。」
側に来ていた、隊商の1人がそう洩らした。
その気持ちがおれは、わかる気がした。

・・・そして、そこでおれは奇跡に出会った。
こうしてすべてが終わり、長い時間が経過した今、確かにそれは二度と起こり得ない奇跡のような出会いだったのだと思う。

だが、アルバーナに着いたばかりのおれには、まだこれからどんな事が待ち受けているのかわからなかった。
街の中を吹き抜けていくこれから暑くなることを予感させる冷たい空気と風。
街の入り口で隊商と別れて、とりあえず飲食街にある安宿におれとサンジは腰をおちつけることにした。
何しろどれだけの滞在になるかまだ未定だったし早朝ということで街は人影もまばらだった。

街に入ってすぐに出会った水売りに聞けば、市が出て街が賑わうのは夕刻になってからだという。
宿で旅の埃を落とし、一休みしてから街へ繰り出そう。
そう決めた。

安宿にありがちで、案の定シャワーは水しか出ない。
だがこの気候では風邪をひくこともないだろうし、水のシャワーは火照った体には心地よかった。
上半身裸でタオルで頭を拭きながらバスルームから出てくると。
先にシャワーを使い、ベッドにうつ伏せに寝転んでいたサンジが、まじまじとおれの肩から腹部にかけての傷を眺めてきた。

「消えない傷ってのは、想いが残っちまってるからだそうだぜ?」
肩から腹にかけて、袈裟になった大きな傷痕。
それは鷹の目・ミホークとの勝負の痕だ。
あっさりと負けてしまったおれに、世界最強の剣豪は”追ってこい”と言った。
向こうの思惑と、自分の執念と。
それでは傷だって完全には消えようもない。
「・・・確かに、そうかもしれねえな。」
軽く肩をすくめてみせ、自分のベッドに腰をおろす。
そして宿屋の主人に持ってこさせた酒をあおる。
あおりながら、横目でちらりと相棒を見遣る。
「で、そっちは大丈夫そうか?」
「バカ言ってんじゃねえ、クソ野郎・・ただの日焼けだろが。」

砂漠越えの間に健康な小麦色に焼けたおれに対して、サンジは悲惨な有り様だった。
本人も気にしているが元から色白で焼けない体質のサンジの体は赤くなってしまっていた。
同情した宿屋の人間が、「これは効くから潰してひどい所に塗るといい」と置いていった、棘のある肉厚の葉の汁を塗って、今はベッドの上で静養中だ。

窓からは、さっきよりは生ぬるくなった風が入り、紗のカーテンを揺らす。
久しぶりにベッドの感触に、横になるとすぐに眠りに引き込まれていった。
・・・目が覚めると、太陽は西に傾き始めたころだった。
開け放した窓から街の喧騒が聞こえてくる。
「目覚めの気分はどうだ?」
まだ眠くて細く目を開いて見上げればすっかり仕度を整えたサンジがおれを見下ろしていた。
「早く出かけようぜ。」

街を探索して情報収集する前に、腹ごしらえをすることにした。
宿屋の1階は居酒屋も兼ねていたのでおれ達はそこの隅で少し早い夕食を摂った。

その時。
午後の空気を破って1人の子供が飛び込んできた。
瞬間に。
風が吹きぬけたような気がした。
とたんに、今まで色褪せていたような風景が急に色彩を帯びたような。
そいつの周りから空気が変わっていく。
好奇心でいっぱいの、大きな黒い目。
その目が、ふっとこちらを見て、まるで子供のようなあけすけな好奇心を込めて眺めてきた。
居心地が悪いような、妙な気分になり、なんだ?というような目で見返すと。
あわててふいっと視線を逸らす。
そこに頼んだ料理が運ばれてくると、もうこちらのことなどまったく気にせず、連れの長っ鼻の男と共に夢中になって料理にかぶりつく。

サンジもそれに気づき。
「中性的だな。ありゃあ、大きくなったらイイ女になるぞ。」
嬉しそうなとろけるような表情で品定めを始める相棒に。
ああ、またこいつの悪い癖が出たと思った。

子供の年は、14、5くらいか。
民族衣装らしき、膝丈の上衣に、やはり膝まである長いベール。
おれの国ではベールなんてものは、婚礼のときの女くらいしか被らない。
そのせいか、中性的で薄暗い店内では性別の判断ができないが。
女にしちゃいい食べっぷりで次々と料理を平らげていくのを、妙に感心して眺めてしまう。
それはサンジも同じらしく。

突然、ガチャーン!!と瀬戸物の割れる音が響く。
見れば、先ほどから店にいた酔っ払いの集団が子供のテーブルを取り巻いていた。
細い手首を掴まれて酔った男達に連れ出されるのを見て、自然と身体が動いた。

ーーーーーーーーーー
騒動決着後。
さっきは薄暗い店内でよく見えなかったがこうして見るとわかった。
やっぱり、男だ。
相棒にも教えてやる。

途端に態度を豹変させ、ぶーぶーと文句を言う相棒の態度が気に入らなかったのか、少年は頬っぺたをぷくりと一瞬ふくらませたが。
すぐに思い直したように。
にこり、と。
笑った。

・・・それが、出会い。



伏線をはるなんて慣れない高度なことしてみたら今度はゾロサンになっちゃった・・・どうして?(聞かれても)
何だ、なんだかんだ言ってもゾロってばほとんど一目ぼれ状態じゃん・・・。
でも、なぜかゾロサン書いてて妙に楽しかったです・・・って剣豪、サンジが相手だと妙に包容力があって余裕の男になるなあ。
で、サンジさんが剣豪相手だと妙にかわいくなる・・・いかんいかん〜!ゾロルゾロル〜!
あ、文中に出てくる英語の歌詞は”Still Waiting”で北代桃子さん作詞、シュラ○の”上海小夜曲”の中に入ってる歌です。

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