雪の女王



8.

さて、その時、ゾロはどうしていたでしょうか。
ゾロは、ルフィのことなど、覚えてはいませんでした。
まして、今、ルフィがお城の外まで来ていようなんて、夢にも思っていなかったのです。

**********

雪の女王のお城は、降りしきる雪で出来ていました。
また、窓や戸は身を切るような風でできていました。
お城には、100以上も大広間がありましたが、それらもみな、吹き寄せられた雪でできていました。
どの広間も、強いオーロラの光に照らされて、見渡す限り、果てしなく、寒々しいもので、一面の氷が光っていました。
ここには、喜びというものがありません。
オーロラは規則正しく燃え上がり、高く、低く、お城を照らしました。

白銀と、幻想的な光に彩られたこのお城の、雪の大広間の真ん中に、凍った湖が一つありました。
湖の氷は割れて、幾千万という小さいかけらになっていました。
さて、ゾロは寒さのために、真っ青を通り越してどす黒くなっていました。
でも、自分ではまったくそれに気づくこともなく、気にもなりませんでした。
なぜなら、雪の女王がキスをして、ゾロから寒さの感じを奪ってしまったのです。
そして、ゾロの心臓は、まるで氷の塊のようだったのです。
ゾロは、この凍った湖から、先の尖った平たい氷のかけらを、いくつか拾って来てそれをいろいろに組み合わせて、何かを作りだそうとしていました。

それは、「理知の氷遊び」というものでした。
ゾロが、全体をちゃんとした形にならべると、1つの言葉になりました。
けれども、ゾロが作りたいと思っている言葉に限ってはどうしても上手くならべることができません。
いいえ、実はゾロ自身にも、どの言葉を作ってよいのかわからなかったのです。

それは、「永遠」を意味する言葉、でした。
氷のかけらにこめられた、古くから伝わる謎解きでした。

『永遠を意味する言葉を綴れ』

ゾロをこのお城に連れてきた雪の女王は、こう言いました。
「もし、お前がその形を見つけ出すことが出来たら、自由にしてあげよう。」
そう言われても、ゾロにはどうしても出来なかったのです。

雪の女王はそう言い残すと、暖かい国々に雪を降らせるために、白い橇で飛んで行ってしまいました。
あとには、ゾロが、たった一人で、何マイルもある、大きながらんとした氷の広間に座っていました。
そして、氷のかけらを見つめて、凍り付いて座っていました。
知らない人が見たら、ゾロは凍え死んでいると思うことでしょう。

『永遠を意味する言葉を綴れ』

FOREVER(永遠)

ゾロは、永遠という言葉は知っていました。
しかし、その言葉を綴っても、何も起こりませんでした。
もっと大切なもの、自分にとって、永遠を意味するものを見つけなければならないのです。
それが、LかFの綴りを持っているのだ、ということはぼんやりとどこかで覚えてはいました。

FOREVER(永遠)

永遠を意味するもの・・・。

LONE(孤独)

これも違うようです。
ルフィが大きな門を通って、お城の中に入ってきたのは、ちょうどその時でした。
門の中には身を切るような風が吹き荒れていました。
けれども、ルフィがまた、お祈りの言葉を唱えますと、風はまるで眠るように静かになりました。

そして、ルフィは大きな、がらんとした寒い寒い広間に入っていって・・・そしてゾロを見つけました!
それが、ゾロであることはすぐ、わかりました。
ルフィは、ゾロの首筋に飛びついて、しっかりと抱きしめて叫びました。

「ゾロ!・・・ゾロ!・・とうとう、お前を見つけたぞ!」
けれども、ゾロは、身動きもしないで、身体もこわばったまま、冷たくなって座っているだけでした。
あたりには、ゾロがかけらで作った言葉が散らばっています。
ルフィはそれを見ました。

FOREVER(永遠)

LONE(孤独)

「・・ゾロ?どうしちゃったんだよ?」
・・ルフィは熱い涙を流して泣き出しました。
今まで、涙をこぼしても、声をあげて泣くなんてことはしませんでした。
でも、その時だけは、声をあげて、ゾロの名前を呼びつづけて泣きました。

すると、ゾロが顔をあげて、ルフィを見ました。
ルフィの流した涙はゾロの胸の上に落ちて、心臓の中に染み込んでいきました。
そして、氷の塊をとかした上に、その中にあった、小さな鏡のかけらを食い尽くしてしまいました。
ゾロは、ルフィを見つめました。

ルフィは、あの、ゾロが大好きだと言ってくれた讃美歌を歌いました。
この歌を聴くと、ゾロの目に、次第に碧色の、輝きが戻ってきました。
ゾロの瞳が揺れて、涙がこぼれてきました。
そして、涙がこぼれた拍子に、鏡のちいさなかけらが、目の中から転がり出ました。
ゾロはルフィに気がついて、声をあげました。

「ルフィ!・・ルフィ!こんなに長い間、お前はどこに行ってたんだ?」
「何言ってるんだよ・・おれ、ゾロを探してここまで来たんだぞ。・・お前こそ・・・」
ルフィは、泣き笑いの顔をしながら、ゾロに抱きついたまま、言いました。
あとは、鳴咽に言葉がつまって、ルフィはこれ以上、言えませんでした。
ゾロは、そんなルフィの頭や背中を、よしよし、と軽く撫でてやりましたが、
「で、ここは一体、どこなんだ?」
とあたりを見回しました。
「なんて寒いんだ・・・。」
こう言って、ルフィをぎゅっと抱きしめました。
ルフィはもう、うれしくてうれしくて、泣いたり笑ったりしました。
そのルフィの涙がゾロとルフィの周りに散らばっていた、氷のかけらたちに落ちました。

氷のかけらは、ルフィの熱い涙を受けて、そしてくるくると回り始めました。
次から次へ、めまぐるしく形を変えていきます。

FOREVER



LONE



LOVE(愛)



まだまだ、氷のかけらは変わっていきます。そして。

LUFFY!

ルフィの名前の綴りに並んで止まりました。
その瞬間、お城の中を吹き荒れていた風が完全に、ぴたりと止みました。

『永遠を意味する言葉を綴れ』
雪の女王が、それさえ考え出せたら、自由にしてあげよう、と言った言葉は、ルフィの名前だったのです。

ルフィは、ゾロを見上げると、にっと笑いました。
ゾロはルフィを抱き上げると、ぐるぐると回りました。
そうして2人で氷の床の上をルフィはゾロに、持ち上げられながら、その強い肩に縋ってぐるぐると踊りました。
ルフィはひさしぶりに、声をあげて笑いました。
しまいには2人とも疲れて、床の上に抱き合ったまま、横になって休まなければならなくなりました。

「ずっと・・長い夢を見ていたような気がする」
「うん・・・」
でもこれはもう夢ではありません。

ルフィは、ゾロの頬にキスしました。
すると、頬に赤みがさしてきました。
今度は、瞼にキスしました。
すると、目はルフィのように、生き生きとしてきました。
今度は、手と足にキスしました。
すると、ゾロはすっかり健康に、元気になりました。
そして、ルフィは、ゾロに会ったらずっと、言おうと思っていた言葉をゾロに告げました。
「ゾロ・・誰よりも、一番好き。・・・愛してる。」

**********

2人は、手をつないで、この大きな城を出ました。
そうして、ルフィのこれまでのこと、2人がこれから帰っていく家のバラの花のことを話しました。
こうして、2人が歩いて行きますと、風はすっかり静まり、お日様が明るく輝き出しました。
やがて、赤い実をつけた茂みのところへ来ますと、もうそこには、チョッパーが来て待っていました。
「お帰り、ルフィ!」
そしてチョッパーを加えた3人は、まず、ドクトリーヌのところへ行きました。
「・・やったようだね。まったく、あんたみたいな子って見たことないよ。」
ドクトリーヌは呆れたように、でもうれしそうに笑いながら、帰り道を教えてくれました。
2人は今度は、ラップランドのドルトンのところへ来ました。
ドルトンは、2人に新しい服と、橇を用意してくれました。
チョッパーは、橇と並んで走りながら、国境まで送ってくれました。
ここまで来ると、はじめて、緑の草が雪の中からのぞいていました。
ここで2人は、チョッパーとドルトンに別れを告げました。
「それじゃ、気をつけてな。」
ドルトンは橇から2人を助けておろしながら言いました。
「おれ、もうちょっとここにいるから、ナミに会ったらよろしくな。」
そうチョッパーは言いました。
「ああ。さようなら!ありがとう!」
ルフィは2人にお礼を言って、またゾロと2人で歩き始めました。
やがて、最初の小鳥がさえずり始めました。
森には緑の芽が萌え出ていました。
その時、森の中から、馬にまたがって、一人の若い娘が出てきました。
その娘はオレンジ色の肩までの髪をしていました。
それは、あの、山賊の頭の娘、ナミでした。
ナミは、広い世界を見たくなって出てきたのでした。
そして、世界の果てまでも行ってみるつもりでした。
「ルフィ〜!!」
ナミはすぐ、ルフィに気づきました。
ルフィのほうでもナミに気がつきました。
2人は再会を喜びました。
「ナミ!・・おれ、ゾロを見つけたんだ!」

「あんたも、変わり者ね。ずいぶん、あっちこっち行ってたみたいじゃない?」
とナミはゾロに向かっていいました。
「一体、あんたのために、世界の果てまで行くほどの値打ちがあるのかどうか、私はそれが知りたいわ。」
しかし、ルフィが、急にぶすっとした顔になったゾロとナミの間に立って、笑いながら、
「それ以上、ゾロをいじめんなよ。」
と言うと
「冗談よ。・・・結構、いい男じゃない。・・ゾロって言ったっけ?ルフィのこと、大事にしてあげてね。」
じゃなきゃ、私が攫いに行っちゃうわよ、とナミは言いました。
「で、ルフィ、どうやってこの人をつかまえたの?それを話してよ。」
一度、頬が緩みかけてまた、ぶすっとした顔に戻ってしまったゾロとそれをなだめるルフィは、かわるがわるこれまでのことを話しました。
「なるほどね・・・そういうことだったの。」
とナミは言いました。
そして、2人と握手して、もしいつか、2人のいる街を通ることがあったらきっと訪ねるから、と約束しました。
そして、広い世の中へ、馬をとばして行ってしまいました。
ゾロとルフィは再び、手をつないで歩いていきました。
行くにつれて、あたりは花と緑につつまれた春になりました。

**********

やがて、ルフィが一時働いていた、レストラン・バラティエが見えてきました。
「サンジー!!」
相変わらず、手摺にもたれて煙草をふかしていたサンジはその声のするほうに、びっくりして、目をむけました。
「ルフィ!」

「へーえ・・・」
上から下までじろじろとゾロを眺め回してサンジは言いました。
「おれのほうが、イイ男だろ?ルフィ。見つかったことだし、おれに乗り換えないか?」
にやにやしながらそう言うサンジに、ゾロの顔はだんだん険しくなって行きます。

「サンジ、そういうこと言っちゃだめだぞ!それに、おれ、ゾロと一緒に帰らなくちゃならないんだ。みんな、待ってるんだし。」
何のためらいもなく、ルフィが言うと。
やっぱりね、とサンジは空を仰いで、降参ポーズをとりました。
「・・・、完敗。ルフィのこと、大切にしてやれよ。」
じゃなきゃ、おれが攫いに行っちゃうぜ、とまるで申し合わせたようにナミと同じことをいう男に、ゾロは
「・・ったく、さっきの女といい、お前は何をしてきたんだ?」
苦い顔をして呟きました。
「ゾロを探しに行っただけだぞ?」
何を怒るんだよ、と見上げてくるルフィに、ゾロは何も言えなくなって言いました。
「・・・そうでした。」
また、レストランに来いよ、と見送るサンジに手を振って、またゾロとルフィは歩き出しました。

やがて、教会の鐘の音が響いてきました。
そして、見覚えのある高い塔が見え、大きな街が見えてきました。 2人が住んでいた街にたどりついたのです。
2人は、街へ入って、住んでいた家の戸口まで行きました。
そして、階段を昇って部屋の中へ入りました。
部屋の中は何から何まで元のままでした。
時計は、カチ、カチと時を刻んでいます。
けれども、ドアをくぐるとき、2人はいつのまにか、自分たちが成長していたということに気づきました。
指を折って数えてみると、ゾロは19歳に、ルフィは17歳になっていたのです。
屋根の雨樋のバラの花が、開け放した窓の外に美しく咲いていました。
そこに、子供の腰掛けが置いてありました。
ゾロとルフィは、そこに座って、手を握り合いました。
おばあさんは、お日様の暖かい光の中で、高らかに聖書を読んでいました。
「汝ら、もし、幼子の如くならずば、神の国に入ることを得じ」
ゾロとルフィは目を見合わせました。
そして、どちらからともなく、微笑みあい、そっとお互いの唇を触れあわせました。
こうして、子供の心をどこかに残した2人は、そこに腰掛けていました。
おりしも、時は夏、暖かい、恵み豊かな夏でした。




end



ここまで、おつきあいいただきましてありがとうございます。これにて、完、です。
描写については、ほんとにそういう描写あるんだってば〜、今回のお話は。(←ちーちゃんだけがHじゃないと言いたいらしい。)
はい、以上でアンデルセン童話集、大畑末吉氏訳の『雪の女王』、ちーちゃん’Sゾロル風味パロディバージョン(長い)完結です。
実は、これを書くにあたって、もう1つ参考にさせていただいたものがあります。
LOVEとLONEという言葉のくだりは、「月光盗賊」さんというサークルの、野火ノビタさんが描かれた、『LOVE/LONE』という本からもちょっとコンセプトお借りしました。
これは、蔵飛だったんですが、ちーちゃんはこのお話がもう、大好きで大好きで、超大好きで、もう、何十回も読んで、泣きました。
何年も前に出された本なんですが、今でもはっきり覚えてますし読み返します。