First Love 〜Side-Z『君を守りたい』〜
1.
部屋と続きになっているシャワー室を出ると、既にルームランプは消えていた。
静けさだけが部屋に満ちていて。
何だか、足音さえもたててはいけない気がして、ひっそりと足音を忍ばせて、ルフィはベッドに向かう。
そのベッドで自分を待っているであろう、人物のもとへ・・・。
かろうじて、小さなランプだけがベッドの脇に灯っている。
それに、ほ、と息を吐く。
暗黄色の光に照らされたベッドの上には、男が一人。
赤い髪の、頬に3本斜めに傷の走った男は既に、裸のまま、ブランケットを掛けて、目を閉じていた。
こういう場合はなんて、声をかければいいのだろう?それとも無言でベッドの傍らに潜り込めばいいのか。
寝ていると思った男は、むくりと起き上がった。
昼間は赤い赤い、それだけで目立つ髪の毛が今は明かりのせいで暗く沈んだ色に見える。
「来たか」
かすかに口元を片方引き上げて、男が声をかけてくる。
「うん、あのな・・・」
腰にバスタオルを巻いただけの自分は、どう映っているのだろう。
どうしてか、まともにシャンクスの顔が見られなくて。
何ていっていいのかわからなくて、横を向いて逡巡しながら次の言葉を探していると。
ぐいっと手首を掴まれて、そのまま、
「・・・ぁ」
かすかな声をあげて、ルフィはシャンクスの上に倒れ込んだ。
反射的に目を閉じてしまう。
男の、熱い肌。
ルフィは何となく居心地が悪くて、数回、瞬きをして小さな吐息を口から洩らした。
そうしていると、シャンクスの鼓動が聞こえてくる。
そのとたん、男の手がルフィの腰に回ってがっちりと掴んだ。
そして、さっさとタオルを剥ぎ取ってベッドの側に投げてしまう。
そのまま、右腕だけで腰を抱え込んで拘束し、両足を使って、器用にルフィの脚を割り開く。
ルフィの細い腰など一抱えにしてしまう腕の感触。
幼いころに感じたのと変わらないそれに、甘い疼きが背中を走る。
「・・・っ、は・・・」
その次に来るであろう行為に緊張して、必死に見つめている視線は感じているのだろうに。
男の指は性急にそこをまさぐり、2本の指でもってそこを広げようとするのを、顔を伏せてルフィは耐えた。
そして、熱くて濡れた、意志をもったものがあてがわれるのを、ルフィは感じた。
その感触に。
最初のときの痛みを思い出して、身体がすくむ。
相手が違うせいだろうか、それとも痛みを知ってしまったためだろうか。
そんなルフィの様子を見て、男は口元を緩めると、一息に貫いてきた。
「・・っ・・・」
衝撃で、一瞬声も息も止まった。
身体が後ろ向きにしなる。
逃げようとする身体を許さずルフィの細い腰を拘束したまま、男はその反動を利用して、それは一気にルフィの中に突き刺ささる。
幸い、恐れていたような、裂けるような苦痛は襲ってこなかった。
ルフィは、しゃくりあげるように、数回、息をする。
次第に息がおさまってはきたが、男は一向に動こうとしない。
目を閉じたまま、表情も変えずに。
「・・あ・・・んぅ・・・」
上半身だけ起こす。
そうして、シャンクスの様子を覗うと。
次は?とまるで促してくるような視線。
何か、こんなのは嫌だ、そう思ってルフィは一旦、シャンクスの上から退こうとした。
少しずつ、身体を起こして、完全にシャンクスを跨ぐような姿勢になる。
その瞬間。
強く、突き上げられた。
ゆれて、まわる世界。
不安定で、ただ男だけに都合のよい体勢が心細くて、何かにしがみつきたかった。
こんなのは、何か嫌だ。
自分が全部、見えてしまっている。
それが、恥ずかしくて。
「はっ・・やあっ・・あ、あ!!っ・・!」
突き上げれてひっきりなしに、声と息が押し出される。
半分見開いた、醒めた瞳のままシャンクスはその様子を眺めていたが、ごく普通の声音で。
「お前、声でかい。」
そう、言われて、あわててルフィは自分の両手で口を塞ぐ。
「!っ・・!」
誰かに聞こえてしまうのはいやだった。
が、更に突き上げが続いて、そんな余裕はなくなった。
部屋は熱気に満ちているのに、どこか白々とした情事。
支えきれなくなって、シャンクスの上にがくり、と上半身が崩れる。
とん、と肩を押され今度は後ろ向きにゆっくりと倒れる。
倒れる瞬間、伸びてきた手がルフィの手首を捕らえる。
がくんがくん、と下から更に突き上げられて揺すられて。
一筋走った、鋭い痛み。
くちゅ、くちゃ、と。
血の匂いが漂って。
「くぅっ・・あ、あ・・あっ!!」
自分で望んだこと。そして、シャンクスはその望みをかなえてくれている。
なのに、それは果てしなく続く責め苦のように思えた。
ーーーーーーーーーーーー
広い船内は、ほとんど揺れもない。
それでも、かすかな揺れと、キィ・・・キィ・・と軋む音、潮の香りが、ここが海の上だということを思い起こさせる。
ルフィがその船長室に入っていってから小1時間。
護衛、という名目で着いてきたのが何だか馬鹿馬鹿しく思える。
それくらい、ここの船員たちはにぎやかで和やかで。
拍子抜けするほどだった。
みな、ルフィの幼いころを知っているらしく、大きくなった、とまるで近所の親戚ででもあるように、目を細めっぱなしだった。
その様子に、ルフィは愛されてるんだな、と微笑ましく思うと同時に、少し淋しくなった。
おれの、一番最初に仲間になったおれでさえ知らない、ルフィの思い出。
まだ、話してくれてないことがたくさんある、ルフィだけの思い出。
船長室の扉が開いて、ルフィが出てくる。
凭れ掛かっていた壁から、おれはゆっくりと上体を起こす。
微かに、汗の匂いと余韻と、血の匂いを感じて、おれは顔を顰めた。
「ゾロ?・・戻ってもよかったのに。」
何事もなかった風を装って言うルフィの腕をおれは掴んで言った。
「帰るぞ、ルフィ。」
「ゾロ!?」
ーーーーーーーーーーーー
発端は半日ほど前。
グランドラインのとある港町にて。
水と食料の補給、ただそれだけの予定だった。
「陸だー!!肉〜肉〜♪」
はしゃぎながら真っ先に降りたおれ達の船長は、次の瞬間、凍り付いたように、ある一点に視線を集中させて立ち止まってしまった。
「ルフィ?どうした?」
その視線の先にあるのは、大きな海賊船。
ゴーイング・メリー号よりはるかに大きなその船は、竜の形の船首を有していた。
「・・シャンクス・・・。」
「ああ?」
「シャンクスの船だ!」
特徴のある、竜の形の船首を見て、おれ達の船長・ルフィは、驚愕から歓喜へとその表情を変えて、止める間もなく、その船へ走り出していってしまった。
「あ、おい!・・チッ!」
ルフィをたった一人で出歩かせるわけにはいかねえ・・・何しろ、どこの賞金稼ぎや海軍に狙われてるかしれないし、
どういう星の下に生れてるんだか、ルフィは次々をいろんなものを呼び込んでしまうらしいってのは、これまでの旅で身に染みていた。
とりあえず追いかけようとした。
「おーい、ルフィ、ゾロ、買い出しのリスト・・っておい!どしたんだ?」
おれ達に続いて下船してきたウソップが訝しげに尋ねてきた。
「知るかよ・・急に、’シャンクスの船だ!’って叫んで走って行っちまいやがった。おれは、これから追いかけるから、後よろしくな!」
「はあ?何言って・・・シャンクス・・・ってあの大海賊のか!?」
「さあな。おれがルフィから聞いたのは一人だがな。とにかく、頼んだぞ。」
「おれも行く!」
走り出したおれの後を追ってウソップも走り出す。
「なんでてめぇもついてくんだ!」
「おれのオヤジも、その船に乗ってるはずなんだ!」
走りながら、ウソップとおれは切れ切れに言葉を交わし合う。
恐ろしい勢いと必死の形相で走る2人の男に何事かと、積み荷を運ぶ途中らしい水夫たちや物売りたちが急いで道をあけてくれる。
途中、驚いて荷やらをぶちまけてしまったらしい奴や尻餅をついてしまった奴に目で詫びて、おれ達はその何百メートルかを走りきった。
ようやく着いた竜の船首を持つ船の傍。
そこにルフィはいた。
じっと、船を見上げながら。
だが・・・買い出しか、それこそ船は1人の留守番らしい若い船員を残して、文字どおり”空っぽ”だった。
それはルフィの知らない男だったらしく、船を下りてきたルフィはがっくりとしながらも、こう宣言した。
「戻ってくるまで、おれはここで待ってる。」
船の乗船口の前で頑張って梃子でも動こうとしない様子だった。
「つきあうぜ、ルフィ!おれも、オヤジには言ってやりたいことがあるんだ!」
おれが何を言おうと、ルフィもウソップも、ずっとずっと帰ってくるまでここで待ってるんだと聞かなかった。
物言う銅像と仮した人物がルフィの他にもう1人増えてしまった。
仕方なく、おれは事情を説明しに、一度自分達の船に戻った。
「まあ、ウソップもあんたもついてるし、相手はルフィの古い知り合いだって言うから滅多なことにはなんないだろうけど・・・。」
仕方ないわね、と言った調子でため息をついた航海士は、でも明日の昼には出港するわよ、と念を押した。
他のメンバーはおれ達が抜けた分の物資の調達などで忙しそうなのを悪いとは思ったがルフィの安全には代えられない。
日も暮れるころ、ようやくその船の乗組員達は戻ってきた。
既に酒が入っているのか、ご機嫌な、赤い髪の黒い外套を着た男を先頭に、周りを囲む黒髪のガタイのいい男、
肉を頬張っている体全体が丸い男、ウソップとそっくりな顔立ちの男。
その後に、樽やいろんな積み荷を抱えた総勢数十人ほどのこの船の乗組員らしき男達を従えている。
「・・シャンクス?」
「ルフィ?・・ルフィかあ!?」
ルフィは走り出して行って、その男に抱きついた。
それは予想できたことだったから、どうにかこうにか、おれは自分を押さえることができた。
赤い髪の男はあやうく、酒の瓶を取り落としそうになりながらも、その腕で飛び込んできたルフィを抱き止める。
隻腕・・・以前にルフィから聞いた話を思い出す。
「ゾロ!先、帰っててくれ。おれはこれから、シャンクス達と話すことがあっから。」
うきうきとした様子のルフィに、おれは苦い顔で返す。
「そうはいかねえ。お前を一人だけ、敵か味方かもわかんねえ奴らの船に乗っけておくわけにはいかねえんだ。
どうしてもってんならおれも行く。」
「しょうがねえなあ。シャンクス、ゾロも船に乗っけていいか?」
その時、シャンクスと言った男がおれをちらりと見た目が妙に気にくわなかったが、鷹揚に赤髪の船長は許可をくれて。
おれも船に邪魔することになった。
ウソップはウソップで。
「会ったら、まず、殴る!」
どーん、と宣言していたくせに。
自分と良く似た顔立ちの男を見たとたん、唇が細かく震え出して、既に涙目になっていた。
それでも泣きながら「あんたのことを待って、お袋は・・・!」とか何とか言いながら、しっかりそいつを殴っていたのはよくやったと思う。
泣いていたせいでその鉄拳は全然、効いていないように見えたが、その男は殴られた頬に手をあて、沈痛な顔をしながら。
「・・悪かった。」
ただ一言だけ言った。
そして、ゆっくり話そう、とウソップに肩を貸して船に案内していた。
どんな経緯や、やりとりがあったのかまでは知らないが、きっと今頃は親子水入らずで酒でも酌み交わしていることだろう。
一通り、顔見知りの船員たちと挨拶をした後、ルフィは、シャンクスと共に船長室に閉じこもってしまった。
ただの話し合いにしては遅すぎる。
中で一体どんなことが起こっているのか、想像なんてしたくもない。
きっと知ったらおれが気が狂いそうなことが展開されてるんだろう。
ーーーーーーーーーーーー
「ゾロ?」
困惑した、透き通った黒い瞳があった。
ああ、そうだ、これはおれの勝手な独占慾だ。
お前が自分で望んですることを、誰もとめられやしない。
ましておれが、口出しする権利なんて、ない。
が・・。
「けどな・・・それでもおれは、腹が立つんだ!」
「お前は、何に怒ってるんだ?」
今日ばかりは、その黒い瞳に見つめられるのがひどく辛かった。
「お前は・・・!」
ルフィの細い両肩を掴んで、どん、と壁に押し付ける。
木で出来た壁が軋んで、ルフィは痛そうに顔をしかめる。
「何だ?さわがしいなあ・・お?ルフィ、迎えか?」
さすがに、声が高かったのか、船室の扉から赤い髪の船長が顔をのぞかせる。
下はともかく、上半身は黒い外套をひっかけただけ、という退廃的な姿とやはり、情事の余韻が感じられて。
知らず知らず、シャンクスを見る顔が強張っていたらしい。
「そう、きっつい顔するなって。男前が台無しだぞ。あ、ルフィ。忘れもんだ。」
そう言って、シャンクスは、ばふり、とルフィの頭に麦わら帽子をかぶせた。
それで初めておれは、ルフィが麦わら帽子をかぶっていなかったことに気づいた。
「シャンクス・・・?」
「やっぱり、お前にその帽子、預けとく」
「・・・」
「おれの言ってる意味、わかるよな?」
「うん。わかるぞ!次に会うときは、どっちかがワンピースを見つけた後だな!」
「そういうこと。」
まだまだ、お互いにワンピースを探している途中だから。
ルフィは、にっ!、と笑って手加減しねえぞ、などと笑っていたが。
ルフィのシャンクスを見上げる目は・・・。
自分の口から、いつもより数段低い声が出るのを、止められなかった。
「・・・あんた、ルフィをどう思っているんだ?」
シャンクスは、今初めておれに気づいた、と言った顔でいたが。
「いや、ルフィはカワイイし、好きだぜ?」
「それだけか?」
「ああ、そんだけだ。」
どこか、とぼけたような顔と口調で返してくる男。
「それだけで、ルフィとそういうことをするのか?」
「そういうことって・・セックスか?」
ずばり、とその言葉を出されて、おれは一瞬、怯む。
側でルフィの顔色がさっと変わるのが目に映った。
「・・・」
「・・・だって、ただの行為だろ?」
「・・・!」
「ゾロ!やめろ!」
強い声に、おれは黙った。
「シャンクス!ゾロ!おれ、先に戻ってっから!」
ルフィはそう言って駆け出して行ってしまった。
ルフィに聞かせられない話に配慮出来なかった自分に、無性に腹が立った。
同時に、目の前の男には殺意すら覚えた。
こいつがいなければ・・その考えはあまりにも強くて、知らずに左手は腰の刀に移動していた。
「そこまでにしとけ」
不意にした声に、おれは我に返った。
ルフィが船室に入る前に、副船長の、ベン・べックマンだ、と紹介された、黒髪で体格のいい男が現れる。
何時の間に来たんだろう、この体躯にありがちな鈍重さを感じさせることなく、気配さえ断ってこんな近くに来るとは。
さっきは持っていなかった、長身の銃を持ち、油断がない目つきでこちらを見てくる。
「それより、ルフィを追いかけたほうがいいんじゃないのか?」
視線を刃に変えて、おれは赤髪の船長を睨み付けると、ルフィの後を追った。
おれ達の行った後で、シャンクスと副船長との間でこんな会話が交わされていたようだったが、おれ達は知る由もなかった。
いや、知ったらきっとおれはもっと、困惑していただろう。
「・・ったく、あんたも、サバけすぎだ。」
やれやれといった調子でべックマンがシャンクスを見やって言う。
「あの目を見りゃ、あの緑の髪の・・確か海賊狩りの”ロロノア・ゾロ”っていったな・・・がルフィに惚れてるってことぐらい察せられんだろうに。」
「そりゃ気の毒にな。あの剣士も苦労しそうなことだ。」
気だるげにシャンクスは言って、ぽりぽりと頬をかいた。
「さっさとシャワーでも浴びるんだな。」
煙草を取り出し、副船長は火をつけながら言う。
「なんだよ、怒ってるのか?」
上背のある自分を見上げてくる、シャンクスの目は、何故か叱られて主人に呆れられるのを恐れた子犬を連想させて。
べックマンは苦笑する。
「いいや。呆れてるだけだ。ルフィもあの剣士も気の毒だ。」
「んー、でもないぜ。おれだけじゃないし。」
「?」
「同じだよ、ルフィも。おれだけじゃないぞ。ルフィも同じだよ。」
ーーーーーーーーーー
ルフィは船には戻っていなかった。
事情を仲間に話すわけにもいかず、舌打ちしたい気分でおれはルフィを探しに出かけた。
そうして、ルフィを探しながら。
おれは、あの初めてルフィを抱いた日のことを思い出していた。
後記と書いて反省
ごめんなさい、書ききれなくて・・続きます、次でこのお話は完結(痛い話ですんません・・(汗))。
2.へ
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