Sa-Ga(前編)


この物語を、祖父・ヤソップと父・ウソップ、そして今もどこかで航海を続けているであろう美しき航海士に捧げる。
ーーーー史実研究家・ヤソップ


「若さの秘訣かい!?」
・・・開口一番、挨拶もそこそこに初対面の女性(だったはず・・・)にそう言われて私は面食らった。
「冗談よ・・昔の知り合いの口癖だったの。」
気を取り直して名乗ろうとすると。
またもや、機先を制して発っせられた言葉にまやもや私は驚きのあまり口をあけたまま固まってしまった。
「ウソップの息子さんでしょ?・・面影があるわ。」
だからわかったの、と彼女は言った。
改めて・・・名乗った私に彼女はなつかしげに本当に若いころのウソップにそっくり、と目を細めた。
「ここに来たってことは・・・あの航海のことが知りたいのね?」
この、元・航海士は・・なんと聡いのだろうか。

その家は海を見下ろす小高い丘の上に立っていた。
家の周りをぐるりと取り囲むミカン畑。
温暖な島の穏やかな夕暮れ時。
たわわに実ったミカンは金をまぶして輝き潮の匂いと入り混じって温かな香りが漂う。
世界屈指と言われた航海士であり、初めての世界地図を作成した「彼女」はたった一人でその家に住んでいた。
目の前に残照を浴びながら目の前に座っている老女(失礼・・しかし記録ではとうに70歳を超えているはずだった)はすこぶるチャーミングだった。
肩までの白髪、しかし輝きを宿した瞳、敏捷な身のこなし、どこか男性に気をもたせるような物腰。
それは年齢を差し引いてもあまりあるほど。
「昔は私の髪もおんなじような色をしてたのよ」
光るミカン畑を見ながら彼女はそう言った。
棚に飾られた写真立ての中の彼女はその言葉通り、オレンジ色の髪をした美少女だった。
その周りに立つ仲間達。
その中で目を惹くのが麦わらの少年、3本刀を腰に差した緑の髪の男、煙草をくわえた黒いスーツに金髪の青年、そして若き日の父。

・・・自己紹介が遅れたが私はこの数十年続く大航海時代の史実研究者・ヤソップ。
この名前は祖父にちなんでつけられたという。

かつて。
父は”麦わらのルフィ”と名乗る海賊の一味だった。
”麦わらのルフィ”・・・かつてイーストブルーを制覇しグランドラインであと少しでワンピースに届くというところで”謎の消失”をした海賊。
悪名高き高額賞金首は、半ば伝説として今でも知れ渡っている。
だが、果たして彼は噂通りの極悪なだけの海賊だったのだろうか?
否。真実は常に一つではない。
それは一緒に冒険した父の口癖でもあった。
麦わらのルフィの冒険談はグランドラインの途中にさしかかる話までは伝わっている。
しかし、”消失”してしまった日のことは誰も知らない。
その日に何があったのか、父は口を閉ざし語ってはくれない。
まるで、消失してしまったのを拒むように。
そんな父への密かな反抗心から・・私はつてをたどって当時仲間だった彼女を訪ねたのだった。

話をもとに戻そう。


麦わらのルフィについて研究をしていること、できれば本に書き記したいのだという私の言葉に彼女は一瞬目を閉じ、それからにこりと笑った。
「いいわ。どこからお話しましょうか?」
次にその瞳があらわれたときはどこかさっきまでの彼女と違った。
目はくるくるといたずらっぽく輝きをおびてどこかうきうきしたような雰囲気。
そして・・・私は一瞬目をこすった。
幻覚かもしれない・・・さっきまで老女が座っていた椅子にはうら若い女性が幻のようにだぶって出現して見えたのだ。
オレンジ色の髪、すらりとして均整のとれた体、短いスカートから伸びた長くて形のいい足を組んだ、少女。
そして・・かつての麦わらのルフィの航海士・ナミは語り始めた。

**********

そう、あれは私がまだ20代だった時のこと。
(ーーーーいつのまにか彼女の口調も声も若い女性そのものになっていた。)
もう、グランドラインで最後の島に行くまでの冒険談は、ウソップから聞いて知ってるわね?じゃ、そこまでは割愛しましょ。
その時、私たちはワンピースが眠るという最後の島まであと2、3日航海すれば辿り着くって地点に来ていたわ。
そうして、その日は・・・私と船長・ルフィの結婚式だったの。
やだ、驚かないでよ。
何でそんな時に・・・って思う?だけどその日が一番ふさわしい日だと思えたから。
私の見立てではあと少しでワンピースにたどりつく。ああ、でも日なんて関係なかったかもしれないわね。
私が結婚式を挙げたいと言い出したんだもの。プロポーズは私からってことになるのかしら。
でも船長だって私を大切だって言ってくれたし。
船の上で、即席の祭壇を作って私たちは式を挙げた。
女の子なら、誰でも一度は憧れる、純白のヴェール、長い長いトレーン、純白のシルクに、白薔薇のまあるくて小さな花束。
ルフィも、その時だけは、純白のタキシード。全部、前の港町でこの日のために、私が見立てたもの。
そして、おあつらえむきの快晴。
牧師の役はサンジくんがしてくれたわ。
いえ、あれは神よりも仲間達みんなに誓う、人前式みたいなものだったわね。
2人がこれから共に歩いていくことをみんなに誓う。
「おめでとう!」
仲間たちはみんな祝福してくれた。

「今までで一番、今日のナミさんはきれいですよ。・・・お幸せに。」
サンジくんは何か寂しそうな顔をしながらも笑って言ってくれたわ。
「何だよー、泣くなよウソップ!」
ルフィにたしなめられながらもウソップなんて感極まって泣いてたわ。ホントよ。
ゾロは・・ああ、剣豪・ゾロの話を先にしておいたほうがいいのかしら?
ウソップのそんな様子に苦笑しながらも、ずっとルフィを見つめてた。
それから、私の側にきて、「これからあいつのこと頼むぜ。しっかり手綱しめとかねえとな」なんて冗談ぽく言ってたわ。
そしてルフィには「おめでとう」ってただ一言だけ言った。
本当に、何もかもが申し分なくて怖いくらいに幸せだった。何も起こらないはずだった。

”時の渦”。

聞いたことない?
その海域は”時の渦”と呼ばれるところだった。(後にそう名付けられたの。)
G・ロジャーの残したワンピースへの最後の試練。
四方から海流が恐ろしい勢いで流れ込んであらゆるものを狂わせる。
磁場も、気象も・・そして時間さえも。
それにのみこまれると時間と空間の境目に放りだされて、運が悪ければ二度と帰ってこれない。運がよくても放り出される場所も時間も特定できない。
それは世界の果てかもしれないしうんと未来とか過去に放り出される可能性だってあるんだって。
それは後で知ったわ。
何驚いてるの?グランドラインには理屈じゃ考えられない”オールブルー”だってあったのよ?
そういうものがあってもおかしくないでしょ?そうね、例えば、聞いたことない?ひょっこり、何十年も後に戻ってきた人の話とか。
渦にさしかかるまではまったくそんな気配を見せないのがグランドラインの恐ろしいところ。

その時の私たちは何も知らずにいた。

初夜を迎えて・・・お互い、上半身裸ってのは見た事あるのに照れてしまってね。
「なんか、白くってやわらかくって気持ちいいな、ナミは」
誉め言葉にもなってないけど、あいつらしい言葉よね。
おでこをくっつけあってくすくす笑いあって。
お互い、小犬がじゃれあうようにくすぐりあうように抱き合って。
そのまま2人でベッドに倒れ込んだ。
「ナミ・・・」
片肘をたてて覗き込みながらどこか途方にくれたように、ルフィが私を見て。
私はきゅっと目を閉じた。
そして結ばれようとした瞬間。

「悪い!ルフィ!ナミ!緊急事態だ!」
どんどん!ウソップが船室のドアをたたいた。
「すぐ行く!」
甘いムードもどこへやら。
お互いに、ため息をついて、仕方ない、と笑いあった後、ルフィは大急ぎでいつもの赤いベストにジーンズ、麦わら帽子を身につけて飛び出していった。
すぐに私も身支度して甲板に出たわ。
襲ってきたのは海賊だった。
それから・・・何?この波のうねり?おかしい・・・私の予測ではここは穏やかな海域だったはずなのに。

さすがにこんな海域まで到達できるだけあって、その海賊たちは強かった。
多分、名も知れ渡ってたんでしょうね。
船長は大柄な男でルフィに一対一の勝負を挑んできたわ。
もちろん、ルフィは勝ったわ。当然。
そのまま引き下がってくれるか、と思ったけど甘かった。
船長が勝負に負けたと知るや、彼の配下たちは・・・砲弾で攻撃してきた。

ドドォーン・・・!
発射された砲弾はこっちの船を掠って海面におちた。
ものすごい水飛沫があがる。
間髪おかずに第二弾。冗談じゃない!あんなの一発でもくらったら船は沈んでしまう。
更に敵船のやつらは、甲板に備え付けられた奇妙な形の砲台から何か発射してきた。
ガガガガガ・・・!と音を立てて私達のすぐ足元に刺さったそれらは・・・鋭利な銛だった。
これじゃ、船を破壊されるか、串刺しになってしまう。

「こっちはオレ達で何とかするから・・・ナミさんは舵のほうを頼む!」
「わかったわ!」
サンジくんたちと役割分担して、私は舵をとった。
その間にも異常な揺れは大きくなってくる。
みんな、戦闘に夢中で気づいてないみたいだけど。

気づかないうちに空は黒い絵の具を流し込んだように黒く染まっていった。
慌てて、いつも首から下げている温湿計を見ると、気圧に異常な変化があった。
そしてこの引っ張られていくような力は・・・。
「・・・・渦!?」
舵を取りながら横を見た私の目に映ったもの。
それは・・・直径30Mはあろうかという大渦だった。
うかつ・・・航海士なのに、こんなのに気づかなかったなんて。






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