Sa-Ga(後編)

その時は私たちは最初の船・ゴーイングメリー号から大きな船に乗り換えていた。
だけど、思い出の船だから、ゴーイングメリー号もメインの船の後ろから綱で曳いていたの。
ぐらり、とこっちの船が傾いた。
瞬間。
「ゴーイングメリー号が!」
ぶつっと音が響いて曳いていた船の綱が切れた。
その瞬間、ルフィは船に向かって腕をのばした。
私たちの最初の船。どんなものより愛着があるその船をルフィは失いたくなかったんだと思う。
そうしてルフィは相手の海賊の格好の的になってしまった。
ルフィが悪魔の実の能力者でゴム人間だ、なんて既に知れ渡ってた。
そしてゴムだって切れるってことも。
次の瞬間、ルフィに向かって大量の銛が発射された。
「うああああーっ!!痛ぇ!!!っ!」
ルフィの絶叫が響き渡る。
下の甲板に出た私のところにまで降り注いだ血潮・・・左腕が半分以上、切れて・・骨まで到達しているかもしれない傷だった。
「ルフィ!」 更にキイン・・・っと音をたてて何かが私の足元に転がった。
拾ってみると、それはさっき誓い合ってお互い指にはめた指輪の残骸。
血に塗れてる。もっともそれのおかげで指はちぎれなくてすんだ。

ルフィはもう一度、ゴムの手を伸ばしてゴーイングメリー号のマストを掴み、その甲板に倒れこんだ。
「ルフィ!!駄目!戻って!」
だけど、既にゴーイングメリー号は渦のはしにさしかかっていた。
ルフィを除いた私たちが乗った船はなんとか、巻き込まれないように舵をとるのが精一杯で。
その時。
私の横をすりぬけていった風があった。
そのまま、手摺でダンっと踏み切って跳躍して。
ゴーイングメリー号の甲板に一人蹲るルフィの側にゾロは降り立った。

「あぶない!ナミさん!」
「離して!ルフィが!」
「離しません!」
・・・私は飛べなかったわ。
白状すると・・・サンジくんにがっちり抱え込まれてしまったからだけじゃない。
私はすくんでしまってた。
真っ黒く泡立つ海。
恐ろしい渦。
ぞっとした。
こんな落ちたら間違いなく藻屑と消え去るような所を、躊躇いもなくゾロは跳んだのだ。
「ゾロ!」
それでも必死に呼ぶ私の声がとどいたのか。
甲板にたどりついてルフィの側に片膝をついたゾロがこちらを見て、大丈夫だ、というように頷くのが見えた。
そして、傷の具合を確かめると、剣豪は船長が転げ落ちないようにしっかりと抱え上げた。

すべてがスローモーションのように鮮明に起こっていったけどもう、どうすることもできなかった。
渦に差し掛かったゴーイングメリー号はそのままゆっくりと中心に向かって行った。

沈んでいこうとする船。
片腕でメインマストにしがみつきながらルフィをその黒い髪に顔をうずめてきつく抱いて。
どこか甘えるように、そして安心しきった顔で剣豪の胸に顔を埋めた船長。
その状況で考えるのはおかしいと思ったのだけど、あんな抱擁って見たことないしされたこともなかったわ。
なのに、その時は嫉妬とか怒りなんて感じなかった。
今でも忘れられないのは、船が呑み込まれていく直前に、私が見てしまった光景。

ゾロはその口で激しくルフィの口を覆った。
こたえてゾロの背中にまわされた手。白いシャツをぐっと握り締めて。
ゾロの無骨な指が何度も何度もルフィの黒髪を撫でてた。
額から髪をかきあげていとおしげに梳いていく。
長いキスが終わってから。
「・・・、・・・・・。」
ゾロが何か船長に言ったのがわかった。
「・・・おれも。」
それに答えてルフィが言った言葉だけは私にも聞こえた。

ルフィが顔をあげてこちらを見た。
ゾロに抱えられたまま、にッ!と笑ってルフィは言った。
「悪ぃ、みんな!・・・ナミ!ごめんな。」
それが私たちへの最後の言葉だった。
麦わら海賊旗がはためくマストを高々と上げたまま・・ゴーイングメリー号は渦に呑み込まれていってしまった。
何か失礼しちゃう話よね。
ルフィは私と式を挙げたのよ?そんなことする資格、ゾロにあるの?聞いてないわ。
な〜んてね、ウソ・・・本当は知ってた。
剣豪・ゾロは、ルフィの最初の仲間で・・ずっとあいつを誰よりも大切に想ってた。
鈍いやつだったから自分でもその想いに気づくのが遅かったんでしょうね。
そして・・・ルフィもそんな彼を誰よりも頼りにしてた。
けどやっぱりこっちもそういったことに疎いから一番ゾロを頼りにして好きだったのかに気づかなかった。
そして・・・私は「女」としてそこに割り込んだ。
ゾロのルフィを見る目、ルフィにだけ向けられる種類の笑顔、とまどっている指。
そうよ、私は全部知ってたわ。だけど、教えてあげる義理はなかった。
だって私も、ルフィのことが大好きだったんだもの。
一緒にいたいと思ったし恋愛に先着順なんてないわ。
彼と一緒なら、どこにでも行ける気がした。
勝った・・・と思ったのに。最後の最後の土壇場で逆転されちゃった。
くやしいから全部話しちゃう。
あら、そんな困惑しないで・・それともそういうことを思うのさえも悪いことだと思う?恋や気持ちはきれいなだけのものだと思う? そうじゃ、ないと私は思う。

ガゴォーン!!
「よっしゃ!やったぜ!」
2人が渦に消えてしまった後も、私たちの戦いは続いた。
ウソップが発射させた砲弾が、敵船の船腹に命中した。
敵船は乗組員を振り撒きながら渦に巻き込まれて木っ端微塵になった。
・・・そして、渦は出現したときと同じように唐突に姿を消した。
消える瞬間、何か空間が閉じたような異様な空気の流れを感じて。
気がついた時には、私たちは船の残骸につかまったまま、何もない波間を漂っていた。
運良く、周りを見回すと見知った顔が何人もやはり船の残骸につかまって呆然とした顔で漂っていた。
幸い、こちらの船の乗組員はみな、ほとんどが無傷だった。
敵船の乗組員も何人かいたみたいだけど既に戦意は喪失していた。船長も行方不明となっていたし。
あれは悪夢だったのかしら?いいえ、ルフィがいない。そして、ゾロもいない。
これは現実。

私たちが助かったのは奇跡かもしれない。
あれから・・私たちはルフィたちを探しつづけた。
ルフィの友達だと名乗る海軍の将校、コビーっていったかしら?も捜索に手を貸してくれた。
グランドラインに入って知り合った、王族や権力層も捜索の手伝いを申し出てくれた。
私自身、私財を投げ打って大規模な捜査をあちこちに依頼したりもした。
何度か、航海士としても海を渡ったわ。
だけど、見つけられなかった。
あきらめられなかったの。
『あいつらが絶対、死ぬわけがない!』
それはみんなの合い言葉のようになっていった。
何度、それに励まされたことか。
逢いたい・・って想いは何よりも原動力になるのね。

そして年月だけが流れて・・私はまたこの村に帰ってきたわ。
それからずっとここに住んでいるの。幼いころに住んでいたこの家にね。
他にも故郷に帰っていった乗組員はたくさんいるわ。あの小さなトナカイは・・チョッパーは元気かしら。
え?結婚しているのか、ですって?
ああ、この指輪を見てそう思ったのね。
違うの、これはルフィがくれた最後の贈り物。
キスしただけで届けを出してないし結ばれてもいないから正式には夫婦ではないんだけど。
・・あのね、もう時効だろうから言っちゃうわ。
私、あの後仲間2人からプロポーズされたのよ。

”オールブルー”帰りのレストラン・バラティエの料理長。
名前くらい聞いたことあるんじゃなくて?
ちょうどルフィが”消えて”から一年。
コツコツ・・と聞きなれた足音が私の横で止まった。
珍しく、煙草に火をつけずに彼は私と並んで船の手摺に寄りかかった。
黙って海に落ちていく陽を見ていた私に。
「おれじゃ、だめかな?ナミさんを幸せにしたい。」
躊躇いがちに・・サンジくんはそう言った。
差し出されたその手をとったら・・・きっと幸せな穏やかな日々が送れるんだろう。
でもそれは・・・今はできない。
ルフィに会わなかったら・・・。
「ごめんね、・・・あなたを一番最初に好きになってたらよかった。」
そう答えた私は笑ってみたけど・・・不覚にもひとしずくふたしずく涙がつたっていた。
「・・・・・・」
無言で、その繊細な指先で涙をぬぐってくれてから、サンジくんは私をぎゅっと抱きしめて、背中をあやすように叩いてくれた。
「おれはずっと待ってるよ。」
その言葉と一緒に。

ルフィを探す何度目かの航海の途中。
「おれの村に来て一緒に暮らさないか?それともお前が望むんならずっと航海を続けてもいい。」
そう言ってウソップは私にプロポーズした。
さすがの私もびっくりしたわ。
「何いってるの!カヤさんはどうするのよ!」
それははぐらかしじゃなくて、心からそう思った言葉だった。
「まじめに聞けよ、ナミ。おれはお前をほっておけねえんだ。」
いつになくその目は真剣で、頼もしくて、惚れてしまいそうだったわ。
きっと誰よりも懐が広くて、いっつも仲間の心配をしてくれた、痛みさえも分かち合ってくれる人。
だけど、やっぱり。
そこに逃げちゃいけないんだってわかってた。
ありがとう、すごくうれしいんだけど、ごめんなさい。
断ったら、まあ当然か、という顔で苦笑して、こう言ってくれた。
「何かあったらすぐにこの偉大なる海の男、ウソップ様を呼べよ!」
2人とは今でも交流や情報交換が続いてるのよ。
もちろん他の仲間達ともね。

あら?こう言うと私ってすごく罪作りな女に聞こえるのかもしれないわね。そういえば、「魔女」って呼ばれたこともあったし。ふふ。
あれから何回も航海して、世界も相変わらず動乱が続いているけど。
毎年、あの日には必ずウソップと一緒にサンジくんの店に行くの。

それは3人だけの約束。

私の話はこれでおしまい。あ、そうだわ。もう1つ。
・・ねえ、あなた、もしもルフィに会うことがあったら伝えてくれないかしら?
私は今でも次の航海に行ける準備万端なのよ、って。
私が第一航海士として乗るのはルフィの船だけなんだって。
・・そういえば、つい最近ワンピースを手に入れたって若い海賊の話がこのココヤシ村にまで伝わってきたわ。
ルフィにあやかったつもりなのかしら?その海賊、麦藁帽子がトレードマークなんですって。
そして、すごく強い剣士が仲間にいるんだって。
それを聞いたとき、何か不思議な予感が走ったのよ。

話終わると彼女はふーっと長い息を吐いた。
彼女の周りをオレンジ色と白い淡い光が縁取り・・再び目をこすると、さっきまでのはやはり幻覚だったのか。
そこには老女が椅子に座っていた。

私はその家を辞した。
「また、来てね。」
その言葉と共に抱えきれないほどのミカンを父へのお土産に、と渡し、ナミは家の戸口に立って見送ってくれた。
日はすっかり沈んでしまったが不思議と明るい・・マジカルアワーと呼ばれる時間帯。
しばらく、手をふっていた彼女は、ミカン畑へと向かい、手入れを始めた。
ミカンの実を手に、ふうっと微笑む彼女が、ちょうど道の曲がり角に来た私からも見えた。
彼女の胸中に去来するのは、かつての思い出なのだろうか?

すっかり物思いにふけっていたためだろう、丘の一本道を下る途中、下から上ってきた人物にぶつかってしまった。
「あ!おっさん!悪ぃ!大丈夫か?」
そういってその少年は尻餅をついてしまった私を助け起こしてくれた。
ついでに散らばってしまったミカンを拾い集めてくれて。
「うまそうなミカンだな!」
少年はにッ!と形容するにふさわしい笑顔を見せた。
よかったら・・と言いかけると、いいんだ、あの家に用があるから、とまた笑って辞退された。
その左目の下に消えかけた傷痕があった。
少年はまた坂を上り始める。
日焼けした健康そうな肌、赤いベスト、ジーンズ、そして麦藁帽子。
どこか透明で不思議な雰囲気をたたえた少年に引っかかるものを感じて見守っていると、少年よりやや遅れて男が目の前を通り過ぎた。
もう暮れかけた中でもはっきりわかる緑の髪。腰にさした3本の刀。

前を歩いていた少年が振り返った。
「・・・・・・!−−!」
何か言って笑いながら男に向かって手を伸ばす。
答えて男も苦笑して、黒いバンダナを巻いたほうの腕をのばして少年の手をとった。
ぐいぐいと男の手を少年は引っ張って。
2人は手をつないで丘の一本道を上っていく。
いつかどこかで見たような、不思議な既視感。

丘の上の家で・・ミカンの樹の手入れをしていた老女はふと、振り返った。
「・・・・−−−」
そして・・・その唇が震えながら言葉を形作り・・・。

end



いいんか?これ・・・(←いやよくないだろう!ナミ、ごめん。ナミファンの方もごめんなさい。)

ちーちゃんの書いたワンピゾロル2作目。書いたのは結構前です。
そう、2人の愛は時空さえも超えるってのを書きたかったのにどうしてこうなるんだ。
あくまでゾロル至上主義で、ナミルは許せないなんて我ながら心せまいと思います、はい。m(_ _;)m
とりあえずこのお話はここで終わってます・・・続きはあなたの心の中で(死)

前編へ