”CAROL”(後編)
新しい刀を手に入れて少し経った頃。
「きれいだな。」
感極まったような声にゾロが振り向くと。
そこにルフィがいた。
うわあ、と口をあけ、目を輝かせてルフィの目は鬼徹に注がれている。
「危ないからあんまり近寄んな。」
口に懐紙をくわえ、打ち粉を刀身にふっていたゾロは手入れをしながら言う。
お前、この刀を見て何ともないのか?妖刀だぞ?
問い掛けると。
何を言うんだ?と逆にきょとんとされた。すごく、きれいな刀じゃん、と。
禍禍しい炎のような地紋の刀を。
ルフィはキレイだと言う。
「いいだろ?ちょっとだけ、見てるだけだし。」
気づいた時には体温が肌で感じられるほどルフィは傍にきていて。
ルフィの指が、自分の白いシャツの袖を、つん、つん、軽く引っ張る。
ことあるごとに、何も考えずルフィはゾロに触れる。
・・・恐れ気もなく、触れる、・・・ごく自然に。
驚いただけでなく、ゾロの心臓は一拍おいて跳ね上がった。
「見てんのはいいが、引っ張んな。」
ゾロはルフィの手だけ外させてしたいままにまかせ、黙々と作業を続けた。
刀を日にかざして曇りがとれたのを確認していると。
不意に自分の腿のあたりに温かい手の感触を感じてぎょっとした。
まるで子供のように、ルフィはゾロの腿に手をおいて、伸び上がるようにして、鬼徹に手を伸ばし。
笑っていた。
単純に、きれいだ、と。
「よろしくな、新しいゾロの宝物!」
覚えていたのか・・・海軍基地でのやりとりを。
最後に、丁寧に背の部分を手前にして懐紙でぬぐう。
そして鞘におさめる。
「もうしまっちゃうのか?」
ルフィはひどく残念そうな顔をした。
ありがとな、手入れ見せてくれて。
それでも笑って、自分を見上げるルフィ。
ルフィの触れた部分がまだ温かかった。
・・・・・笑顔を見て悟った。
魔獣と言われた自分でも。
この子供は食べられない。
この何も恐れない子供を食べることなんて出来ない。
でも、まだ。
まだ自分の身体の一部を削ぐ覚悟でだったら。
離れることはできるかもしれない。
**********
「見つけましたよ!ロロノア・ゾロ!」
やっと戻ってこれた街の中心の広場で。
やっかいな奴に見つかってしまった。
しかも一番、苦手な人間に。
はあはあと息をはずませ、今日こそ決着をつけます!と息巻く海軍曹長に、ゾロは、はあ、とため息を落とした。
気は進まないがここで捕まるわけにもいかない。
刀の柄に手をかけようとして、ゾロは鉢を持ったままだったのに気づいた。
どうしたものかと一瞬逡巡し、つぶさないようコートの内ポケットにそっとしまう。
そのまま、両者共に柄に手を置いたまま抜刀せずに睨み合う。
いきなり広場で始まってしまった海軍と剣士らしき男の睨み合いに。
何ごとか、と。
大きな、きっと贈り物だろう包みをかかえたまま、不安げに住民たちが見守る。
住民たちが遠巻きに見守る中、対峙する2人はじり、じり、と徐々に間合いをつめていく。
と、その時。
とたたた、と軽い足どりと共に駆けてきた4、5歳くらいの女の子がいた。
何やら大事そうにミトンに包まれた両手で。
何かを胸の前で握り締め、ろくに前も見ずに走ってくる。
女の子は向こう見ずにもゾロとたしぎの間に突っ込んだ。
はっとして半歩退いたゾロに対して状況判断のおくれた曹長の脚に女の子はぶつかり、すとんとしりもちをついてしまった。
「きゃあ!」
「きゃ!・・」
「・・・ん?」
拍子に、チャリンチャリーン!と銀色に光る何かがゾロの足元に転がってきた。
拾い上げてみればそれは500ベリー銀貨だった。
「ああっ!ごめん、ごめんね!」
ごめんね、とおろおろしながらたしぎは謝罪の言葉を連発し、今にも泣き出しそうな女の子の傍らにしゃがみこみ。
脇の下に手を入れて立たせてやり、衣服の埃をはらったり髪の毛を撫でてやった。
それが功を奏してべそをかきかけていた女の子はぐしっと顔をぬぐいつつ、だいじょうぶ、と小さな声で言った。
「あれ?」
今度はあわててあたりを見回す女の子の傍にゾロは歩みより、さっき投げ出された銀貨を差し出した。
「ほら、落としたぞ。」
「ありがとう、おねえちゃん、おじちゃん!」
「・・おじ・・・?」
「よかったね、なくさなくて。」
お買い物?と問い掛けるたしぎに。
「うん、あのね、おちゅかいなの!!」
”すぽんじ”のケーキをかってきてねってママにたのまれたの!かってきたらいっしょにかざりつけしようね、って!
女の子は真っ赤な頬をくしゃくしゃにして笑った。
だからいそぐのママ、きっとまってるから・・あ!そうだ。
女の子は駆け出そうとしてぴたりと立ち止まり。
2人の顔をかわるがわる見ながら笑って、あの街の人々が交わすのと同じ言葉を言った。
何か毒気を抜かれてしまい、対峙していた2人は女の子を見送っていたが。
「今日だけは特別です。行きなさい。」
少しだけ硬い声音で話し掛けてきた海軍曹長に、ひどくゾロは驚いた。
その驚きは伝わったらしく。
こんな中で騒ぎなどおこしたくはないでしょう?、と。
踵を返しながら曹長は答える。
その伏せていた視線が。
ちらり、と広場の時計に走り、ひどく慌てた顔をした。
そしてゾロにくるりと背を向けてずんずんと歩み去っていく。
「・・おい。」
「何ですか!?」
声をかければ焦りながらも律義に返す曹長に吹き出しそうになりながらゾロは尋ねる。
「急いでるみたいだな。」
「・・・上司が待っているんです!」
約束なのだから行かなくてはならない、と憮然としながらも。
時計をちらりちらりと見遣るその頬にはだんだんと朱が昇ってきていた。
ああ、そういうことなのか、と。
さすがに鈍いゾロでさえも勘付いた。
そのまま振り返りもせずに曹長は姿を消し。
(おれも帰るか。)
ざわめきを取り戻した広場を歩きつつ、ゾロは思った。
ふと。
店先に。
青い地に雪とトナカイをあしらった発砲酒の缶が山積みにされているのを見つけた。
(待っている奴らと約束、か)
ちらりと、先ほどの老人の言葉が頭をよぎった。
人数分の発泡酒の缶を買い込んだ袋を下げ、ゾロも港に向かって歩き出した。
そう、誰もが家路に急ぐ。
そこには誰か待っている人間がいる。
帰って、意地悪を言って悪かったと詫びて。
街のはずれの公園の前に差し掛かる。
これを過ぎれば城門があり、その先は港だ。
でも。
もし、ルフィが自分を大して必要としていなかったら?
そう、どうせ伝えても還ってこないような想いだったらずっと伝えないほうがましじゃないのか・・・
**********
「意地っ張り!!」
幼い少女の高い声に目をむけると。
公園の中ほどの黒髪の少女が立っているのが見えた。
「そんなんじゃ、またなくしてから後悔するんだから!」
「・・・く・・いな?」
灰色の、すっかり葉を落とした木々が立ち並ぶ公園の中に、そこだけ。
どこか淡い存在感の少女。
肩までの黒い髪、細くて頼りない感じのするむき出しの腕と足、いつも着ていた稽古着。
あの時と同じ姿、同じ声のままで。
どうして、死んだはずの人間がこんなところに?
「目に見えているものも信じられないの?」
それにね、これまでだってあなたの傍にいていろんな戦いを見てきたよ。
くすり、と肩をすくめて笑うその仕草もすべて失われたはずのものでいながら。
けれど確かにそれは存在しているものだった。
公園の中と入り口で。
それがまるで現世との境界線になっているかのように。
間には超自然の物質があるせいか、くいなの声は、遠くからいんいんと響いてくるかのように感じられた。
「いいんじゃないのかな?ゾロの心の中にいるその人のことを素直に大事にしてあげれば?」
「相変わらず何もかもお見通しって訳かよ。」
自分はずっとこいつに勝てないのか?と少し落ち込んだゾロに、くいなは腰に手をあて、得意げなポーズをとって言った。
「だって。昔も今もゾロってわかりやすいよ。・・・頑張れ、ゾロ。」
不意に。
くいなはこっちに来るよう、手招きをしたのでゾロはそれに従って、傍に歩み寄った。
自分の胸の中ほどまでしかない少女は、ふわりと笑うと、型のように無駄のない動きで、ゾロの心臓の上に掌をあてた。
その手は、一瞬、ふわっとさわっただけだったのに、胸にはやさしい感触が残り、何か自分が解き放たれた気持ちになった。
・・・じゃあ、ね、ゾロ・・・。光は、あなたの中にあるよ。言いたいことを言ってみて?
次第に、その身体からは澄んだ光が噴出してきて、くいなの姿は周囲に溶けつつあった。
「あ、待て・・・」
伝えたいことがあるんだ、と言いかけたゾロにくいなは、知っているよ、と微笑んだ。
更に輪郭は徐々に淡くぼやけて行き・・・。
「今晩は雪になるよ、ゾロ・・・」
声だけが残り、消え。
そしてまるで最初からいなかったかのように消えた少女のいたところに。
白い雪が舞い落ちた。
**********
何もかも。
あるのが当たり前だと思っていた。
出会ったときのままずっと過ごせるのだといつも思っていた。
でも現実は残酷で。
いつか必ず終わりがくる。
そうしてその喪失感と胸を突き刺されたような痛みと共に自分がいかに大切なものを失ってしまったのかを知るのだ。
くいなは。
死ぬ前日まで笑っていた。
世界一を目指そうと握手をかわしたその手は温かかった。
もう二度とその笑顔も見れない。
声も聞けない。
荼毘に付される直前の最期の別れに、ふれた手はひどく冷たく固く。
拒絶感。置いていかれてしまう。
ぽたり、ぽたりと白い鞘を握り締めながら涙は止まらなかった。
約束もそのままになって。
未消化になってしまった思いはずっと胸に残っていて。
けして超えることのできないところへ行ってしまった。
あの海軍のたしぎとか言うくいなとそっくりな人間を見る度。
失った痛みとくいなが既に超越した事に思い悩む姿にいらつき、”苦手”という言葉に閉じ込めて関わることを避けた。
違う人間だとどこかでわかっていても。
でも。
もうそんなことはどうでもいい。
自分の夢を誓いあった人間と似ていようともそれは別人で。
自分が新たに誓い、守る人間がいる。
そして、それは。
何て強く、温かく内で光を放つものなのだろう。
走りだした。
そのルフィの元に戻るために。
ビニール製の袋の中で数本の缶がぶつかりあって音をたてた。
無性にルフィに会いたかった。
この世に起こる物事のたいていのことには覚悟ができていたけれど、ルフィを失うということだけに対しては覚悟ができていなかった。
自分は。弱くなってしまったのか。
それでも。
帰るところはルフィのところしか思い浮かばなかった。
**********
「ルフィ!!」
ばたーん!とドアを開けると、キッチンにいたサンジ、ウソップ、チョッパーが、驚いてゾロのほうを振り返った。
驚きながらも、
「ルフィなら、ナミさんたちの部屋じゃねえか?行くんだったらついでにもうメシだって言っといてくれ。」
手をとめて教えてくれたサンジに。
「そうか」
短く答えてゾロはキッチンを後にする。
直前で手にしていた袋のことを思い出し、”ウソップ工房”と書かれた木の箱の傍で、わくわくしながらウソップの発明を見守っていたチョッパーに袋を手渡す。
「これ。余った金で皆で呑もうと思って買った。」
「え?」
驚いて見上げたチョッパーだったがゾロは既に出ていった後だった。
おそるおそる袋の中身を覗く。
サンジもウソップもそんなチョッパーの後ろから覗いてみた。
青地に、白で書かれたトナカイの絵と文字のついたビール缶。
「トナカイだ・・・」
小さな両蹄の間に缶を挟み、サンジとウソップをかわるがわる見上げて嬉しそうにチョッパーは呟いた。
「へえ・・・地ビールってやつだな。あのクソ剣豪にしちゃ気の利いたもん選んできたじゃねえか。よかったな、チョッパー!」
「うん!後で、皆で一緒に呑めるね!」
「クエ〜!!」
「ってお前も呑むんかよ、カルー!?」
「ルフィ、いるか?」
さすがに女部屋ということもあり今度はノックしながらゾロは扉を開ける。
「・・・ええ、・・・え?Mrブシドー!?ちょ、ちょっと・・」
何故か慌てるビビにかまわず、ゾロは部屋に入った。
肩や頭に降り積もった雪がその度ごとに落ちて床やラグに小さな水たまりをいくつか作っても頓着せずにルフィに歩み寄る。
「やだ、ちょっと!あんた雪まみれ!!」
「悪い。」
騒ぐナミにちらりと目を向け謝罪の言葉を口にすると、ナミは驚いた顔をした。
ふかふかのソファの上にあぐらをかいて座り、金の細い棒と毛糸と格闘していたルフィは、ゾロの気配を感じて目をあげた。
先ほどのくいなの顔と違って真っ黒に日に焼けて精悍な、きかぬ気らしい目がきらきらと輝く顔。
生きている、ルフィ。
大股で歩み寄って、震える指先でルフィの肩にそっと触れる。
後ろでナミとビビが、まあ、と言ったように口元に手をあて、驚き、笑いを浮かべているのにも関わらず。
「うわ、冷てえな、ゾロ!・・・ゾロ?」
言いたいことなどすべて吹っ飛んでしまった。
ただ一言を除いては。
さっきのこともあって、受け入れてもらえるかどうかわからないけれど、ルフィがいるから・・・。
「・・・ただいま・・・」
「おかえりぃ!」
まぶしそうに瞬きをして、それでもまっすぐに自分を見て言ってくれるルフィの言葉。
それだけで、いいと思った。
ゾロよりずっと細いその両肩をつかんで食い入るように見つめるゾロに。
ルフィは、首をかしげ、ぱちぱちと瞬きした。
じいっと見つめるその緑の双眸は、さっきみたいな冷たいガラスのようではなくて、あったかくて甘い光の中に自分の姿があって。
ルフィは少し赤くなった。
「はいはい、盛り上がってるとこ悪いけどねー。」
ナミが苦笑を含んだ声をかけ、あわてて2人は飛びのいた。
一体自分は何を言おうとしたんだろう?
急に。
ゾロは自分が勢いでとんでもないことをしようとしてしまってることに気づいた。
「あー、いや、急に悪いな。と、ところでルフィ、その手に持ってるもんは何だ?」
深い緑の毛糸で編んである・・・腹巻きとも何とも区別の尽きがたい、四角形のもの。
はっとしたようにルフィはそれを自分の後ろに隠そうとしたが、あきらめたようにゾロの目の前にかざした。
「あーあ。何とか仕上げようと思ったのに。あのな、おれ、ゾロにマフラー作ろうとしてたんだ。」
「は?」
「ナミとビビに教えてもらいながらさ、明日のお祭りまでに完成させようとしてたんだけどなー・・・。」
「まさか・・・ずっと下船しなかったのってこれのためか?何でまた・・」
「だって!ゾロのだけはどーしても!おれが作りたかったの!他の奴のはナミとビビが作るって言ってたけど。でもゾロのだけはおれが作りたかったんだ。」
「それで・・・」
現金なことに、その言葉でゾロの中からはとげとげしいものは一掃されてしまった。
「まあ、そういうこと。しょうがないわね。ルフィの頼みだし。」
ところで、そろそろサンジくんのほうの仕度も出来たんじゃないかしら?今日は生誕祭の1日前だから、腕をふるってくれてるはずよ。
***********
七面鳥、鵞鳥、塩漬けの肉に大きな骨付きの肉、はちきれんばかりにぷりぷりとしたソーセージ、シナモンの効いたアップルパイ、ミートパイ、ぷるんとしたプディング、みずみずしいりんごやオレンジ、生クリーム、チーズにグリーンの野菜、生ハム、パスタ、スープ、そして樽に入った酒にシャンパンに、ゾロが買ってきた発泡酒。
すばらしいご馳走に、すばらしいゲーム、なごやかで、幸せで。
すっかりほろ酔い加減で、
「おれ、こんなに楽しいのなんてはじめてだー!」と叫ぶ小さなトナカイ、ますますほら話が冴えるウソップ、給仕に命をかけているコックにそれに余裕の笑みを浮かべつつ賞味する女性陣。
その中心で大きな口を開けて笑っているルフィ。
そして。
サンジの腕によりをかけた料理にすっかり満腹し、お腹も心も暖かくなった船員たちが眠りについたころ。
ゾロは、ルフィを、そっと格納庫に誘った。
小窓から見えるのは、雪のしんしんと降りしきる甲板。
その下には黒くうねる海があるのに、この2人きりだけの部屋は明るく暖かい。
「えーっとな、実はお前に渡したいと思ってたもんがあったんだが・・。」
「何だなんだ?」
「ちょっと痛んじまったんだが・・・」
慌てて走ってきた上に、コートに入れていたのを忘れてそのあたりに脱ぎ捨てていたものだから、りんごは一箇所へこみ、ポインセチアローズはしぼしぼになってしまっていた。
ひどくバツが悪そうにゾロがそれを取り出すとルフィは、ぱあっと顔を輝かせた。
「これ、おれにくれるのか!?」
「ああ。」
「ありがとな!ゾロ!」
そして、ゾロが想像した通りに、ルフィはおいしそうにりんごにかぶりつき、不思議な花を物珍しげに眺め、男部屋に自分のハンモックのそばに置いておくのだと嬉しそうに言った。
「ごめんな。」
急に謝罪したゾロにルフィは驚いた顔をした。
「どして、謝るんだ?」
「いや・・・お前にもちゃんと事情があったのにバカにして悪かった。」
「もう、いいよ、そんなの。」
不意にルフィもゾロも口をつぐみ。
落ちる沈黙。
ルフィはゾロに擦り寄り、ゾロの固い掌に自分の少し小さな手をそっと滑り込ませ。
ことん、とゾロの肩に頭を乗せた。
ルフィは、ひどくいい匂いがした。
太陽と潮と交じり合ったルフィの匂い。
その自分よりも小さな手が自分の手に触れた瞬間、ゾロは身体の奥から暖まるような快い疼きを感じ。
たまらず、ルフィを抱きしめ、夢中で唇をルフィのそれに押し付けた。
あまりの幸福感に触れた部分が痺れた。
心ゆくまでルフィを抱きしめて。
唇を離して見つめると。
ルフィの両腕が首に回され、今度はルフィのほうから口付けられた。
自分の、短く刈り上げた項にふれるルフィの指の感触に、ゾロの身体に甘い戦慄が走った。
こたえて、ルフィの背中に回した手は、ルフィの弾力のある背中をとらえ、確かにルフィがそこにいるという満足感を与えてくれた。
お互いがふれている場所から甘く融解していく感触。
開き気味になった唇から、ゾロはルフィの舌を自分の口中に引き込んで自分の舌と絡めた。
しばらくは、ただ夢中でお互いの舌を追い、もどかしいようにもっともっとぴったりくっつこうとした。
ちゅ、ちゅ、と口付ける微かな音がランプだけ灯った小さな部屋に響く。
名残惜しげに唇を離すと、ルフィは上気した顔をして、あどけなく微笑んだ。
「これ、キスっていうんだろ?好きな奴とするもんなんだろ?」
「ああ、まあな。」
それくらいは知ってるぞ、というルフィに。
あまりのあけっぴろげさに今更ながらに照れてゾロは生返事を返す。
「言い忘れてたが・・・おれは、お前が好きだ。」
今度は、きちんとルフィの目を見て、ゾロは告げた。
ぱあっとあたりを照らすような笑顔と、少し伸び上がってゾロの首に抱きついてきたそれがルフィの答えだった。
「おれも!」
あ、そういえば。
首に手をまわしたまま、ルフィはまじまじとゾロを見た。
「また、プレゼントもらっちまったな。」
ゾロのキスすんのっておれだけだろ?トクベツなプレゼントだよな?ありがとう!
ししし、と。お日様のような笑顔で言われて。
何ということだろう。
自分はルフィのたった一つの言葉、笑顔、それだけに一喜一憂するようになるほど囚われてしまった。
ルフィには、ゾロを幸福にする力も不幸にする力もすべて備わっていた。
けれどそれが少しも不快でなくて、幸せだということにも気づいてしまった。
困った・・・あんまりルフィが可愛くて嬉しいことを言ってくれるものだから続きがしたくなってしまった。
さっきから、ルフィに触れたあらゆる所から熱が発生して、体中の血管をぐるぐる巡っている。
きゅうう、とルフィを抱きしめて形のいい額や髪にキスで触れながら言うと。
「続きがあるのか!?」
「ああ、まあ・・・」
「じゃ、なおさらあのマフラー仕上げてからじゃねえと!仕上がったらそのごほうびに続きをもらう!それでいいよな?」
あんまりもらいっぱなしはよくねえ、うん、と一人で納得してルフィは頷く。
わかっていない・・・いや、実はわかってるんじゃないのか?と疑いたくなるような。
上目遣いで見ている、それは確信犯だろう?
計算していない、無意識の小悪魔。
何よりもタチが悪い。
じゃあ、急いで仕上げよう、とさっさと立ち上がって男部屋に戻ろうとするルフィに、何か情けないような思いでゾロは後をついていく。
「おい・・・そりゃないんじゃないのか?せっかくの祭りに。」
「だからだろ?おれは急ぐんだ。」
おれは、それよりももっと欲しいものが・・・。
ゾロの未練がましい手を振り切って、男部屋のソファにたどり着くと、小さなろうそくの灯りだけで編物を始めるルフィ。
ゾロが何か言おうとすると、唇の前に一本指をたてて、しーっ、皆寝てるんだぞ?と咎めるように見られ。
仕方なく。
ゾロはそのソファに自分とルフィ用の毛布をばさりと放った。
「じゃ、せめて一緒に寝るだけでもいいか?」
「おお。眠くなったら先に寝ていいぞ。」
ランプの光りの下で一生懸命、かぎ針を動かすルフィ。
毛布をかけてソファに深くもたれ、その様をゾロは眺めた。
まるで幼いころに母親のそばで眠りにつくような、穏やかな気持ちに次第次第になっていきながら。
やがて、抗いがたい睡魔が訪れて。
ゾロはあくびをかみ殺しながら、きれぎれにつぶやいた。
「明日・・・街を案内してやる・・よ・・・、ィ・・・」
「ゾロ、もう眠ったか?」
返事はない。
くかー、と寝息をたててるその様子は。
「何か、ホントにガキみたいだなー。」
本人が聞いたらえらく憤慨しそうなことをつぶやいて。
ルフィは一旦編物の手をとめてゾロの頬に、ちょん、と指先で触れてみた。
固く、でもはりつめた、頬の感触。
大好きな、ゾロ。
本当は、最初に好きになったのはおれのほうだったんだ。
あの海軍の街で初めてお前を見たときから。
おれだけを見て、縄をほどけと言ってきた時から。
ずっとずっと。
ゾロには、いつもいっぱいいっぱい守ってもらって、いろいろ貰ってるから。
たまには、おれからもおかえし、させてくれよな?
外は白い世界。
指先からは想いを込めて編みあがっていくマフラー。
明日は、2人でおそろいのマフラーをまいて街へ行こう。
・・・すべての人の上に幸せがありますように・・・。
end
6666HIT嵩虎様リクで『天然小悪魔ルフィと振り回されるゾロ』でした〜。
長くなりましたが、ここまでお読みくださいましてありがとうございます・・・そしてやはりエッチには持ち込めず・・・。
まーた、原作の『クリスマスキャロル』とはえらく違うブツができあがってしまいましたわ・・・。
文中の街のモデルはドイツのローテンブルクです。
卒業旅行で一回行ったきりなんですが、一年中クリスマスみたいな、まるでRPG(ロマサ○3とかオウガとか)に出てきそうな中世風の小さなかわいい街です。
皆様も機会あったら行ってみてください。ホント、かわいいんですよv
ビールの銘柄は銀河高○ビール・・・好きなんですv・・・あと、『漂流教○』から好きな台詞を入れてみました・・・あの「ただいま」「おかえり」ってところが好き・・・好きなもんばっかり集めてあります、この話(いいのかな/汗)
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