『きょうかいせん(前編)』


きっと、こわかったんだ。そこに踏み込んだら日常に戻れるかわからなかったから。



野球部の試合後、具合の悪くなった獄寺くんを送っていくことになった帰り道。

「10代目が送ってくださるなんて恐縮っス!でももう平気っすよ。」
「うん、でもまだ顔色悪いから家まで送っていくよ。」
「けど、あの野球バカの祝勝会が・・・10代目、楽しみにしてらしたのに。」
「いいの。オレは今、獄寺くんと一緒にいたいんだから。」
「10代目・・・」

あ、オレ、今すごいこと言っちゃった?もしかして。
目うるうるさせて。
でも言わなきゃわからないのかな。
ふつふつと、おでこに汗いっぱいかいちゃって。
顔色だってまだ青いのに気つかっちゃって。
そりゃ、ちょっとだけ京子ちゃんや山本たちが行く祝勝会に未練がましい目をしたけど。
それを見ちゃったからって。

「10代目。」
「なに?」
「手。握ってもいいですか?」
「いいよ。」

病人だからね、しょうがないなあ、なんて言うと。
顔色はまだまだ悪いのに、ものすごくうれしそうな顔して。
そのくせ、握った手は離さない。
ほら、今もまた、ぎゅ、って。
オレより大きな手なのに、こんな、うちにいるチビたちみたいに頼ってくるような握りかたしてるし。
もう、ホントしょうがないなあなんて思いながらも、口元がゆるんできちゃう。
そうすると、獄寺くんはもっとうれしそうな顔をしてきて。
こんな獄寺くん、ほっておけるわけないじゃん。
なんていうんだろう、こんな気持ち。
そうして、二人で手をつないだまま。
ゆっくりと、獄寺くんの家まで歩いていく帰り道。

・・・それに。
オレが一緒にいたいっていうのは本当。
あの試合の応援のときに、不意に感じたゾクリと感じた寒気。
危険だと感じた、それは本能的なもの。
日なたから日陰に入ったなんて生やさしいものじゃなかった。
あきらかに、日常とは違う、異質なもの。
あれは、一ヶ月前の骸とのことで感じたのと同じものだった。

そんなことを考えてながらもてくてく歩いていたらあっというまに、何度か来たことのある獄寺くんの家の前。
どうしよう。
悩んでいたら。

「上がってってください。」
さ、どうぞ、といつのまにか鍵を開けた獄寺くんがドアを開けてくれた。

「具合悪いのに、いいの?」
「ここまで送ってくださったんですから。」
「・・・それじゃ、おじゃまします。」

ホントは、休ませてあげたいな、とも思ったけど上がり込んじゃっているオレ。
ごめんね。
でも、もう少しきみといたい。


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