『きょうかいせん(中編)』


あ、とろけそう。

くらくらと芯までしびれてきた頭にはまともな言葉なんて浮か んでこない。
獄寺くんとのキスは、すごく気持ちがいい。
ほんの少しだけ、お互いに開いた唇でふれあって、ついばんで 。
その間にも。
頭の後側にまわった獄寺くんの掌が地肌をすべって髪をくしゃ り、と、やわらかくつかまれてほどかれてはまた撫でる。
ただそれだけなのに。
オレはすっかり翻弄されて、力が抜けてしまいそうな腕で獄寺 くんにしがみつく。

獄寺くんはどんな顔してキスしてるんだろう。
そう思って薄く目をあけたら、ちょうど。
獄寺くんも目をふっと上げてそれから、目だけで笑った。
至近距離で見ちゃったそれに。
あんまりタイミングがばっちりすぎて、何か見すかされたみた いで。
顔がほてってくる。
「10代目、かわいい。」
「な・・・っ、ん」
唇をすこしだけ離して、そう言うと。
オレがかわいいなんて言うな、って言う前にまたキスされる。

何か手慣れた感じがするなあ。
さっき、何にもないけどどうぞ、と冷蔵庫から出してくれたコ ーラの缶とコップが2つずつとポテトチップが乗ったリビング のテーブルを目のはしに見ながら思う。
ちょうど、オレのコップが空になってコーラを注ぎ足そうとし て手がふれあうなんて、ベタなことがきっかけだった。
自分の手にふれたあたたかさに思わず見上げれば。
甘くゆらめく光が銀色の目にうかんでいて。
そのまま、手を引き寄せられて、キス、された。
やっぱりスキンシップが多いイタリア人の血が流れてるからか な。
キスするまでの流れがすごく自然な気がすんだけど、獄寺くん 。

キス、するのは初めてじゃない。
何度かしたことがある。
大抵は、しばらく唇同士をくっつけて、また合わせて、そんな ことをしばらくしているだけで2人もすっかり満足しちゃって 終わり。

ただ、今日違ったのは、オレが、立ち上がろうとした獄寺くん のシャツの裾をにぎったこと。
「10代目?」
「・・・もう、すこしだけ。」
そして、白いシャツをたぐりよせて、初めてオレからキスをし かけた。

ホントはさっきまで、戻ってきた日常にすっかり幸せな気分で いたんだ。
だけど、あの野球部の試合のとき、後ろから感じた、ゾクリと した寒気。
それが一ヶ月前の骸との戦いを思い出させた。

すごく、冷え冷えした感覚だった。
うまく言えないけど、一人になりたくなかったし一人にしたく なかった。
マフィア同士の闘い、なんてものにこれまで獄寺くんは少なか らず関わってきたんだ。
今はこうして、オレの隣にいてくれるけど。
もしかしたら、骸たちがいたみたな、あんな冷たい世界にいた かもしれないわけで。
オレにとっては非日常だったあの戦いが日常だったかもしれな い、なんて。
そこまで思ってしまったら、たまらなくて。
送る、って理由をつけてここまで来てしまった。


獄寺くんは、どこか必死なオレに驚いたような顔をして。
それからすぐに、ぎゅ、っと抱きしめてくれた。
ゆるく開いた唇を、舌でなぞられて。
ほんの少し開いたそこから獄寺くんの舌が入り込んできた。

「ん、・・・ふぅ・・・っ」
「・・・っ」
さっきまでとは違う、噛み付くようなキス。
右に左に、角度をかえて。
吸い上げられたと思ったら口の中のあちこちを舌でくすぐられ て。
息があがっているの、オレだけじゃないよね。
獄寺くんが余裕がなくなるのがうれしい。

しばらく、夢中になって、お互いの舌をからめあっていた、そ のうちに。
少しだけ困ったことになった。
その、ぴったりとくっついていた2人の体の間で。
オレの脚の間が熱を持ち始めてしまって。
だけど、離れるなんてしたくない。
すごく、すごく気持ちよくて満ち足りてるから。

でも。
先に自制してしまうのはいつも獄寺くんのほう。

「・・・っと、これ以上は自制きかなくなりそうなんで・・・ 。代わりの、すぐ持ってきますね。」
コーラ、ぬるくなっちゃいましたね、と、やんわりとオレの肩 を掴んで離れようとする。

「やだ。」
「どうしたんですか?」

逆に、しっかり首筋に抱きつく。


「ごめん、今はなれたくない」
この気持ちを伝える言葉が足りないもどかしさを、どうしたら いいだろう。

「10代目・・・」

さっきまで引き離そうとしていた手が宥めるように肩におかれ てそのまま引き寄せられた。

「獄寺くん?」
「ひとつ、提案があるんすけど・・・。」
ふっ、と熱い息と共に耳におとされた囁き。
「このまま、ベッドにいくってのはどう、ですか・・・?」



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