運命の道 ☆左の道(客船にひろわれたルフィ、その後拾われた正体不明の男・・・その後海賊に襲われる船)
「まったく運がいい。」
その客船の船長は恰幅のいい、気のよさそうな中年男で、繰りかえしそう言った。
あんな大渦にまきこまれてるさなかに船が通りかかるなんてよほどの強運にめぐまれてるんだろう。
「んん、サンキュー!助かった!」
持って来てもらった毛布にくるまって温かいスープをすすりながらルフィは礼を言った。
・・・とはいえ・・せっかくの舟がなくなってしまった。
フーシャ村からははるか離れてしまってるので、次にこの船が寄港するという、海軍本部のある港でおろしてもらうことにした。
そこでまた、新しく舟を手に入れればいい。
仲間も見つかるかもしれない。
むー、と考えこんでいると船員が駆け寄ってきて船長に耳打ちした。
「船長、ちょっと・・・海軍から急ぎの伝令文が・・どうやら犯罪者が逃亡しているとか。」
「・・・どれ?・・・あの海賊狩りが?・・・わかった、とりあえず乗客にはビラでも配って注意を・・あ、君、仕事については後で決めるから。」
そう言い残して船長は去っていってしまった。
ま、次の港に着く、それまでは雑用だ。
「とりあえずこの旅は遭難ってとこだな!」
毛布にくるまりながら、ルフィは笑った。
そうして、ルフィが拾われてから3日後、また新しく漂流者をこの船は拾った。
ぼろぼろと形容するにふさわしい、塩のせいでかぴかぴになった白いシャツ、黒いズボンとバンダナを身につけた傷と泥だらけの男。
3本の刀を大事そうにかかえて、小舟に揺られて発見された時は意識不明だった。・・いや、寝ていた。
船員が寝泊まりする部屋にとりあえず運び込んで応急処置をしてもらって眠る男の側に手近な椅子を引き寄せてルフィは座った。
どこからきたんだろう?
年格好はおれよりちょっと上ってとこか。
船医の話じゃ疲労と栄養失調らしい。
まるで何日も食べてなくてどこかから逃げてきたような。
自分と前後してこの船に拾われたということでルフィはこの正体不明の男に親近感をいだいていた。
早く目をさまさないかな。
そうしたらどうして3本も刀を大事そうに持っていたのか、聞かせてもらうんだ。
そう思っていたのに、その男は何時間もそのままだった。
・・・いくらなんでも、バンダナ巻きっぱなしは、つらいかもな・・・。
そう思ってルフィは、男のバンダナをしゅるっと取った。
次の瞬間には、男の手が伸び、ルフィは、手首より少し上の部分をぐっ!と握られた。
「?!うわっ!」
びっくりして、離れる間もあたえず、そのまま、ベッドの上、男の体の下に組み敷かれてしまう。
そのまま、目をぱちくりとさせていると、ぐっと男の顔が近づく。
短い緑色の髪、鋭くて冷たい、なのに切羽詰まったような碧の目。
白い半袖のシャツから出た腕はたくましく筋肉で盛上がっていて全体的に剣呑な雰囲気に包まれた男に普通だったらびびるだろう。
「・・・てめぇ、誰だ?何しようとしやがった。」
少しかすれたような低い声。
びっくりした・・びっくりしたけど目が覚めてよかった。
それがうれしかったルフィは、にかっと笑顔になった。
まったく臆することなく真っ直ぐ男を見上げて話しかける。
「おれ、ルフィっていうんだ!お前よかったなー、この船に拾われて。何か死ぬとこだったらしいぞー?」
「・・・あ?」
「・・・っておれも漂流してたの助けてもらったんだけどな、この船に。一緒だな!しししし!」
(何なんだ・・・こいつは・・・それにここはどこだ・・・状況がつかめねえ。)
底抜けに明るい返答に男は面食らい、ルフィを解放した。
バンダナに触る気配に目が覚めてみれば、黒い髪、黒い目の子供が自分を覗き込んでいた。
とっさに動きを封じたら、こぼれそうな大きな目をぱちくりとさせ、次にはにっと笑って話し掛けてきた。
(この状況からすると、どうやら助かったみてぇだな・・・。)
そんな男の考えなどわかるはずもなく。
男の体の下から抜け出たルフィはぴょん、とベッドから飛び降りて、そのまま、側にあった椅子に腰掛けて男を見る。
なぜか、頭を抱えてる男に尋ねる。
「なあなあ、お前、なんて名前なんだー?」
「ゾロだ・・・ロロノア・ゾロ。」
「ゾロ、か。」
ロロノア・ゾロ、ゾロ、と名前の響きが珍しいのか、舌の上で自分の名前を転がす屈託のないルフィの様子にゾロの張り詰めた気分も次第にゆるんできた。
・・・自分の名前をこんな無邪気に発音しているところを見ると、自分がこれまでしてきたこと、どこから逃げてきたのかはまだ伝わっていないのだろう。
そう思うとほっとして、ゾロはまたベッドの上に横になった。
外見からすると、14、5歳ってところか。赤いシャツ、膝までのジーンズ、そして麦わら帽子。
子供は、ルフィは一時たりともじっとしていない。目も体もよく動き、これまでの自分のことを勝手にしゃべりだしてしまう。
何が嬉しいのか、にかにかと笑いっぱなしで、そのせいだろうか。
珍しいことに、本当に珍しいことにゾロもそのおしゃべりが嫌でなく、微笑ましくて口元に笑い込み上げる。
寝転がったまま、適当に相づちを打っていた。
ぐごぎゅるるる〜・・・。
と、その時盛大に腹の虫が響き渡った。
ん?というようにルフィは自分の腹を見て、それからゾロを見て首をかしげる。
そんな仕種も微笑ましかったが、自分が空腹だったのをようやく思い出した。
「お前じゃねえ、おれだ。・・腹減った・・」
ぷっ・・・とどちらからともなく、吹き出して。
「おう!んじゃ、メシもらってくるから一緒に食おう!!」
メシだー!と飛び跳ねながらルフィは部屋を出て、厨房へ向かうのだった。
軽く2人で10人前は食べて、ゾロはようやく人心地がついた。
「なんでお前はおれより食が進んでんだよ?」
あそこから逃げ出す前は1週間、さらに漂流して3日間絶食していたゾロはともかく、数日前に乗船したルフィはそれほど空腹ではないはずだ。
「んん?だって腹が減るんだもん・・・それに腹が減ってはイクサはできんって言うしな!」
むぐむぐとまだまだ食べる気十分だった。
その言葉を聞きながらゾロは行儀悪く、食べ終わってからごろりとまたベッドに横になって寝ようとした。
「あ。ゾロ!お前、おれの船に乗る仲間になってくんねえ?」
急に思い出したように話し掛けるルフィに、ゾロは眉根を寄せてルフィのほうを向いた。
「あァ?」
「おれ、今自分の船に乗ってくれる仲間探してんだ!一緒に来ねえか?」
まったく・・いきなりこの子供は何を言い出すんだろう。
海軍に捕らえられてそこから逃げ出してきた”海賊狩りのゾロ”を知らないとは言え仲間に誘うとは。
自分としてはさっさと次の港について海軍を捲かなくてはならないのに。
「こう見えても海軍から逃げてきたお尋ねもんなんだぜ?まだ誰も知らねえけどな。」
せいぜい、怖がらせてやろうと、それっぽい凄みのある笑いを唇に浮かべてルフィを見る。
だからお遊びの仲間だったら他をあたりな、と反対側を向いて寝ようとするゾロに、ルフィは思い出したようにさっき厨房で渡された、紙をポケットから引っ張り出してぴらっとゾロの目の前に突き出した。
「おお?オタズネモノってこれのことか?」
「そう、それ・・・て!海軍の伝令文じゃねえか!」
思わずがばっとベッドに起き上がる。
「なんかさっきこの船の船員たちが客にくばってたぞ。」
「何だとー!?」
(そんな大事なことはもっと前に言えーー!!)
ゾロは声にならない心の声で絶叫した。
呑気にむぐむぐとまだ咀嚼しながら紙を見ているルフィに寝過ぎでなく、ゾロは頭痛がしてきた。
「安心しろよ。おれ、お前の味方だし。まだ誰も気づいてねえみたいだし。」
「いずれ気づくだろうが!」
「んー、じゃこうしよう!みんなには黙っててやるよ。黙ってて欲しかったらお前、仲間になれ。」
「たち悪ぃぞ!てめぇ!」
・・・なんて悪質な取り引きを持ち掛けてくるんだ・・・この麦わらの子供は。
・・・ししし、と笑う、その笑顔は凶器だ・・・一気に脱力してほんわかしてしまう。
ゾロはがっくりと肩を落とした。こうなったら早目にこの船からおりなくては・・・。
「だからさー、船もらって一緒にこの船降りて冒険しようなー!」
「あ?」
ゾロが顔を上げた、そのとき。
船中に緊急事態を知らせるブザーが鳴り響いた。
そして緊張を孕んだ叫び声も。
「海賊だー!」
海賊たちは唐突に乗り込んできて、一言の挨拶もなく略奪行為を開始した。
甲板では、優雅に日光浴を楽しんでいた船客たちが海賊たちに金品を強奪される悲鳴や怒号が聞こえてくる。
船員・船長が対策を練ろうと逃げ込んだ部屋にて。
「なあ、おっさん、あの海賊たち追っ払ったら小さな船でいいからくれねえか?」
がたがた震えるこの客船の船長にルフィはそう提案した。
(こんな状況でよくそんな提案できるな。)
ゾロは内心で舌をまいた。
ただの命知らずな子供の戯言なのだろうが。自分にとっても都合がいい。
「は?・・何こんなときに言ってるんだね?・・ああ、いいよ。あいつら追っ払ってくれたら船でも何でもやるよ!」
相変わらず震えながら船長はやけくそのように叫ぶ。
「やっりー!約束だぞ!行こう、ゾロ!」
嬉嬉として部屋からルフィは出て行こうとする。
「ま、待て!本気で?!」
「まあ、見てなって。」
にやりとゾロは不敵に笑うと、ルフィの後を追って甲板に向かった。
「・・・それはともかく・・おい、ルフィ、お前丸腰で危険だぞ!お前も戻れ!」
ふと気づいて怒鳴るゾロに。
「まあ、見てなって。」
さっきまでとはうってかわって不敵に見える笑顔をゾロに向けて。
ゾロが一瞬見とれたその隙に、ルフィは甲板へ続く階段を駆け上がった。
「他愛ねえ奴らだったな。」
チンっと刀を納めながらゾロは言った。
あたりには累々と海賊たちが横たわり、呻き声をあげている。
ルフィはどうしたか、と見ると無傷でゾロを見て笑い返してきた。
その笑顔に安心して、ゾロはルフィの側に歩みよる。
「お前、その体は・・・」
「おれはゴム人間なんだ!」
「そういうことは早く言え!」
さっきはあせった。
戦闘力なんてまるでなさそうな子供が海賊たちのど真ん中に突っ込んでいってしまったのだ。
足手まといが・・・!とゾロが助けに行こうとした目の前でルフィの腕が伸び、一気に数人の海賊たちをなぎ倒した。
ゾロも舌をまくほどのその戦闘力に、非常に安心して戦えた。
恩人だのなんだのとしきりに感謝する客船の船長が礼を言い、ルフィに約束した小船やら積み込む物資やら用意している横で、ゾロは考えこんだ。
「お、おい、あれもしかして・・・」
船員たちが肘でつつきあってちらちらとこちらを伺っている。・・・”海賊狩りのゾロ”だとみんなに知れ渡るのも時間の問題だろう。
(さて、これからどうしたもんかな。)
「ゾロ!仲間になってくんねえ?」
とたたた、とルフィが駆け寄って来た。
さっきも断ったのに全然こりていない・・しかしさっきとは状況も違い、ルフィの戦闘能力も見て何より船を下りるという目的が一致している以上、悪くない申し出だった。
「お前のその船でか?ま、どうせここにいても海軍につかまるだけだしな。いいぜ、仲間になってやるよ。」
「ホントか!」
「ああ、よろしく頼むぜ、船長。」
どうせ途中で下船することになると思うが。
そう思っていたゾロは次の言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「じゃ、目的地はグランドラインな!・・うーん、最初の仲間が剣豪か。海賊王の仲間にはふさわしいよな!」
「ちょっ・・待て!グランドラインって、海賊王・・って!」
「あれ?さっき話しただろ?おれは海賊王になーる!!」
そういえば、さっきの船室でそんなことを言っていたような気がする。
自分の船を持ちたいとか冒険をしたいとか、そんな子供の戯言だと思っていたのに、”海賊王”になるとは。
しかも「なりたい」じゃなくて「なる」とは。
「ちっ・・またかよ!そういう大事なことはもっと前に言え!」
「おう・・ってなんだ、またって?言わなかったっけ?」
がしがしと片手で首のあたりを掻いて渋い顔を作るゾロに、ルフィはんー?と首を傾げてみる。
「冗談じゃねえ!」
「何だよ、約束したじゃねえか!」
約束。その言葉にはゾロは弱い・・それも見抜いているのか、こいつは・・。
結局同意させられて、物資を積み込んだ小船に2人で乗り込む。
「んじゃ、出発ー!っと・・わっ!」
「危ねえ!」
危うくバランスを崩して転落しそうになったルフィをゾロは腕を掴んで引き戻す。
目が離せない。次の行動が予測できない。はらはらさせられっぱなしだ、しかし。
「・・・ハハッ」
「?どうしたんだ?ゾロ?」
なぜだろうか?のどの奥から笑いが込み上げてきた。
まったく、この子供は・・・。
この不思議な雰囲気を持つ麦わらの少年に、しばらくつきあってみてもいいか、そうゾロは思った。
「また、落ちそうになったら助けてくれよな、ゾロ?」
ルフィの、その掴んだ腕は細くて弾力があってやわらかくて。
大きな目きらきら光って自分を見つめてそれを見ていたら。
ちょっといたずら心がわいて、唇を自分のそれで掠め取った。
「了解。契約だ、船長。」
「おう!」
赤くなりながらも満面の笑顔で答えるルフィに、ゾロはすっかり捕らわれてしまった自分を感じるのだった。
end
これは、「もし、ルフィがあの渦に巻き込まれて通りかかった船に救助されてその後、ゾロも同じ船に救助されてたら」という設定で書きました。
はっ!そしたらコビーの出番なし!?
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