運命の道 ☆右の道(グランドライン目前で海賊狩りを仲間に加える)
もうすぐでグランドラインの入り口につく。そんな日のこと。
「・・なんかもっと仲間ほしいなあ・・・最初の予定じゃ10人くらいはほしかったのに。」
羊頭の船首にまたがって、足をぶらぶらさせながら。
海賊船・ゴーイングメリー号の船長はどこか不満気だった。
最初に航海士を仲間にした。
次に狙撃手を仲間にした。
最後にコックを。
そして船はグランドラインへ向けて着々と進んでいる。
何の問題も起きていない。
ただ・・楽な道のりではなかった。
戦いのたびにルフィは生傷が絶えなかった・・・それでも何とか勝利して仲間を増やしていった。
みんなすごくいい仲間達なんだけど、何か足りない気がする。
「純粋な戦闘要員があんた一人だからね。この先ちょっときつくなるかもしれないわね。」
ナミに相談したらそういう答えをくれた。
ゴーイングメリー号は凪いだ海を進んでいく。
青い空、白い雲、風は順風、海はどこまでも青く、平和な航海の日、そして船への衝撃。
「え?ちょっと、やだ、暗礁・・そんなはずないわ!?ウソップ、見てきて!」
ガガガ、と船腹に衝撃が走るまさかのアクシデントにさすがの有能な航海士も慌てたらしい。
「ほいきた!」
「ナミさん、おれもお手伝いしますよ!」
3人の船員たちがばたばた走り回る中、ルフィはずりおちそうになった船首から、下を見下ろした・・が当然何も見えない。
「ん〜、びっくりしたな。おれも見てくっか。」
どこかのんきに独り言を言いながら甲板に降りた。
「賞金首、麦わらのルフィ、か?」
急に後ろから声がした。
振り返ったルフィの目に、最初にうつったのは、男が頭にまいてる黒いバンダナ。
黒いバンダナ、目の下に濃い影、細い方なのにがっしりした体つき、そして、腰に差した3本の刀。
最近、この付近に出没する賞金稼ぎのことをナミが話していたようだけど、まさか、こんなイーストブルーの果てまで追いついてこれないわよね、と笑ってそれきりになった、が。
ルフィと目が合うと、男は一瞬、驚いてどうしようかと躊躇したようだった。
が、気を取り直したように、
「その首、もらうぜ」
チキっと鯉口をきって刀を抜いた。
一本を口に、二本を両手にかまえ・・・。
「三刀流・・・海賊狩りのロロノア・ゾロ!?」
遠くで誰か叫んだ。
「鬼斬り!」
一本目の口にくわえた刀は、目を狙ったのだろう、水平になぎ払った。
それを避けると、二本目、三本目、とそれぞれ左右上段からの袈裟切りが来た。
それらをすんでのところでかわしながらルフィは反撃する隙をねらう。
『伸びる』ルフィにとっては間合いはさほど重要ではないが、攻撃するタイミングがつかめない。
こいつは、強い。今まで会った誰よりも。
まるで負けられない何かを背負っているみたいに。
「ゴムゴムの・・・」
「虎狩り!」
「・・・!」
2刀での切り払い。
すんでのところでルフィは両手で相手の両腕をつかみ、3刀目は足裏で柄の部分を蹴りつけるようにして受けた。
お互いが相手の腕を封じ、組み合う形になった。
ゾロは驚嘆した。
こんな、華奢な子供っぽい外見からは想像もできない能力をこのルフィという海賊が秘めていることに。
「ゴムゴムの・・・ピストル!」
ルフィの腕が、ゾロの頭をかすめる。
なんとか、首だけひねってよけたものの、しゅるっと音がして、バンダナがとけた。
反射的にゾロの目がバンダナを追う。
「・・!」
だがそれも一瞬のこと。
ざっ、とゾロは飛び退って体制を整えるとすぐにまた斬りかかってきた。
”海賊狩りのゾロ”・・剣士か・・・かっこいいなあ。
それに、すごく強い。
さっき組み合ったら腕がしびれた。
何て目をしているんだろう。冷たいのに熱くて、絶対負けるもんかー、って気迫が伝わってくる。
こんなやつがいたなんて。
・・・それに何だろう?何か戦っちゃいけない気がする。
ルフィは思った。そして。
急にルフィは構えをといた。
そのまま、両手を普通の位置に戻して、真っ直ぐに海賊狩りに視線を向けて立ち尽くす。
左手に海賊狩りから奪った黒いバンダナを持ったまま。
「・・ルフィ!?ばっ!よけろーーー!!」
叫んでるのはウソップ。
それでもルフィはそのまま海賊狩りのゾロを見ていた。
「・・・てめぇ、勝負の最中にどういうつもりだ?」
ゾロの刀はルフィの胸のほんの5センチほど手前で止まっていた。
刀の切っ先がまっすぐ、喉元にむけられているのにすごく静かな気分だった。
・・戦いの最中だというのに。
「なあ、お前、仲間になってくれねえ?」
その言葉は自然とルフィの唇から滑り出た。
「ルフィ!?」
信じられない、と言った感の仲間達の声がする。
自分でも言ってびっくりした。
何言ってるんだ、おれ?・・・でも、この男と戦いたくないし・・・こんな強いやつが仲間だったらいいな。
そう思ったら自然に言葉が出てきたんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・何言ってやがる。」
何だこいつは?真剣勝負の最中に何を言い出すんだ?
「これからグランドラインに行くんだ!仲間が欲しい!お前刀使えんだろ?だからお前も一緒に来ないか!?」
「・・・ちょ、何言ってんだよ、ルフィ!こいつはさっきお前を殺そうとしたやつだぞ!?」
金髪、黒いスーツの男が信じられないといったように抗議している。
当たり前だろう。
「だって、おれこいつと戦いたくねえもん。それに今だって殺そうとしなかったし、悪いやつじゃねえよ。」
「・・・ちょっと待て。」
おれの話を聞け。
「それに剣士がいたほうがこの先安心だ。」
「・・・ちょっと待て。」
おれの話を聞けって。
「まあ、確かにルフィの言うことにも一理あるな。」
長い鼻をしたひょうきんな顔立ちの男まで同調しはじめてる。
「・・・だからちょっと待て。」
「だろ?よろしくな!ゾロ!」
話は終わりとばかりに”麦わらのルフィ”はおれに笑いかけてきた。
・・・なんかだんだん頭痛がしてきた。
「・・・ルフィがそこまで言うんなら、負けね。あたしは、ナミ。航海士よ。」
オレンジ色の髪をした、おれの目から見てもなかなかいい女が自己紹介してくる。
「よろしくな、おれはウソップ!キャプテン・ウソップと呼んでくれてもいいぜ。」
これは長い鼻の男。
「何かイマイチ気にいらねえが・・ルフィが決めたんなら。おれはサンジだ。コックをしてる。」
最後に金髪の男が煙草に火をつけながら言い終えて。
納得してそれぞれ自己紹介を勝手にし終えてしまう。
・・・こいつら、なんてお気楽なんだ。警戒心ってものがないのか?
その時はこの船員達の今までの境遇も経緯も知らなかったから船長の一言をすんなり受け入れるのを頭がゆるいのかとしか思えなかった。
「ちょっと待て!!おれを無視して話を進めるな!」
すっかり船長を囲んで和やかな空気になってしまったその場で。
一人だけ抜刀しているのも間抜けに思えたのでとりあえず刀だけは鞘におさめた。
「あら、ルフィは船長だもの。船長がいいって言うんなら従うしかないわ。」
絶対の信頼感を持ってるな。
そうじゃなくて。止めようとか思わねえのか?
「だから!仲間になるなんて言ってねえだろ!それにグランドラインに行って何をするつもりだよ?」
「おれ、海賊王になるんだ!だからグランドラインに行くんだ!」
呆れた。とんだ夢物語だ。
「海賊王?・・はっ、馬鹿言ってるんじゃねえ。」
せいぜい顔を皮肉げに歪めて言ってやる。
「馬鹿じゃねえ。絶対なるんだから。」
「いーや、無理だ」
「無理じゃねえ!」
「その根拠のない自信はどっからくんだ?あァ?」
さすがのおれもいい加減、腹が立って切れかけてきた。
「おれがなるって決めた!だからなるったらなる!海賊王におれはなーる!!」
「お、おいルフィ・・」
「ちょ、ちょっと・・・」
「あのな、」
言い合いを始めてしまったおれ達に船員たちは声をかけて止めさせようとしていたようだが。
「「うるせぇ!ごちゃごちゃ言ってねえで引っ込んでろ!!」」
まるでぴったり息が合ったようにおれと”麦わらのルフィ”が3人に怒鳴りかえして。
さっきまでの戦闘のせいで頭に血が上っていたせいかそのまま呆然と3人が見守る中、ぎゃーぎゃーと言い合いを再開してしまったのだった。
しかし、なんなんだ?こいつは?
全然引く気がねえ。まるでガキのケンカみたいで馬鹿馬鹿しいと思う自分がいたが。
それでもってまた、こいつが小憎たらしくいーっと歯をむき出して舌を出してくる。
それがまた、妙に整ったあどけない顔立ちなんでよけい憎たらしく見えて始末に負えない。
自分でも額のあたりの血管がぴくぴく動いているのがわかる。
「・・そこまで言うなら賭けてみようじゃねえか!海賊王になって見やがれ!なれなかったらてめぇ、腹切っておれに詫びろ!」
すっかり熱くなって気がついたらそう叫んでいた。
「おう!絶対なってやる!・・だからそれを見届けるためにお前、側で見ていろ!」
「ああ、いいぜ。」
しまった・・・まさに売り言葉に買い言葉だった。
そう言ってしまったときのあいつの笑顔ときたら。
「よし、これで仲間だな、ゾロ!」
「待て!さっきのは・・・」
「何だよ、見てるって約束したじゃねえか。」
約束・・正直言ってその言葉には弱い。自分のすべてを支える言葉だから・・・まさか、こいつ、知っててその言葉使ってんじゃねえよな。
「・・・わかったよ、海賊になってやるよ。」
「ホントか!?」
「ああ、船長。」
心底うれしそうなルフィに、約束だからしょうがねぇ、・・でも隙があったら遠慮なく降りさせてもらうからな、と心の中で付け足す。
「終わった?」
その声に横を向いてみれば。
ナミとウソップと名乗ったやつらはデッキチェアを持ってきて呑気に茶なんて飲んでた。
一気に脱力するおれにさらにコックだと言った男が追い討ちをかける。
「メシだ、メシ。あ、てめえの分も用意したからな、とりあえず歓迎会だ。」
「おお!メシだーー!!」
いつのまにか辺りに漂っていたおいしそうな匂いに船長は満面の笑顔になって飛び跳ねている。
・・・本当ガキだ。
目眩がする・・・。
何でこいつらこんなにこうなんだ?
頭の中が混乱してぐるぐるまわったと思ったら不意に視界までぐにゃっと回転した。
「ゾロ!!?」
ルフィがびっくりした声で呼んでいる。
どさっと甲板に倒れ込んで。
おれは・・自分が空腹で・・・また生活費を稼ごうとこの船を襲ったのをようやく思い出した・・・。
夕食後。
新しい環境に馴染めなくて、おれは人心地がつくまで食べると早々に席を立った。
「ゾロ?もういいのか?どこ行くんだ?」
むぐむぐと、まだまだ食べる気十分の船長が声をかけてくる。
「ああ・・・ごちそうさん。」
コックに、もっと味わって食え、だのナミに口閉じて食べなさい、だのウソップにこぼれてるぞ、なんて注意されるのに嬉しそうに、ししししと笑って。
その雰囲気を断ち切るように、パタン、とキッチンの扉を閉めた。
食堂を後にしたとは行ってもこの船でどこかあてがあるわけでもなく。
仕方なくおれは甲板に出た。
「満月か。」
煌煌と、空に浮かぶ丸い月。
どかりと船の縁に寄りかかってあまりにも完全すぎる月を鑑賞することにした。
まったく、大変な一日だった。
・・・こういう時、酒でもありゃあな。
でも乗ったばかりの船でそれを言うのも何かな。
30分ほどもたったか。
「ゾロ」
小さな、でも通る呼びかけに振り向く。
「何だ?」
「サンジが、これ持っていけって。あとさ、バンダナ返しそびれてた。」
見ると、その手には酒のビンとおれの黒いバンダナ。
さっきの食事の時も酒はあったがおれが物足りなさそうにしていたのをわかってたんだろう。
コックの気遣いに感謝してありがたくいただくことにした。
酒とバンダナを渡した後もルフィはなかなか立ち去ろうとしない。
いぶかしく思ってどこか所在無げな船長を眺めていると。
「あのさ、ごめんな。」
「?」
「すごく無理に仲間に誘っちゃったみたいで、ごめんな。」
ずいぶんとしおらしい態度をとるじゃねえか、さっき強引に勧誘してきた時とは別人みたいに。
月の光に浮かぶ細い輪郭はこれがさっきの船長かと疑いたくなるくらい、儚げで。
黒いさらさらと音がしそうな髪。
麦わら帽子の影になっているのに黒く、ぴかぴか光る大きな目。
意外と華奢な骨格、月の光を弾いている肌。
・・・何かやばい。
不覚にもどきりとした。
「・・おれが決めたことだ、もういい。」
照れ隠しにその小さな頭に手を伸ばして麦わら帽子ごとぐしゃぐしゃなでると満面の笑顔でしししし、と独特の笑い声を上げる。
「それよりどうしておれを仲間に誘おうなんて思ったんだ?」
それはさっきも聞いたけど刀が使えるだけ、ってんなら他にも人はいそうなものなのに。
「んー、何かさ、お前も何か背負ってるみたいに見えたからさ。おれと同じなのかと思って。」
「同じ?」
「絶対、負けらんねぇ、こんなとこで死ねねぇ、そう体中で言ってたから。」
驚いた。そんなことまで見抜けるとは。
ルフィが真っ直ぐな透き通った視線でおれを見る。
・・・この目だ。
急にこいつがまじめな顔になるから、魔が差したんだろうか?それとも空から辺りを照らしている丸い月の光にあてられたんだろうか?
ルフィの頭をぐしゃぐしゃとしていた手をそのままに引き寄せて、小さな唇を自分のものでふさいでいた。
唇を離すと上気した顔でおれを見上げていて・・しばらく見つめあっていた。
まいったな・・・そんな顔をされると・・・また引き寄せられるように顔を近づける。
「おーい、ルフィ!見張りの交代の時間だぞー!」
急にした無粋な声に、おれたちはぱっと離れた。
「今行くー!悪ぃ、ゾロ、見張りの交代だから行かなきゃ・・・この続きはまた今度な!」
ルフィはそのままぱたぱたと草履の音をさせながら甲板を下っていってしまった。
続き・・・って。
「まいったな」
後に残されて・・・もう完全にこの船の船長に囚われてしまったのだということを・・それが全然嫌でないことがわかってしまっておれは頭をかかえた。
end
これは、「もし、ゾロとルフィがあの処刑場で出会わなかったら」という設定で書きました。
海賊狩りと海賊船の船長として出会ったら・・それでもきっと、2人は惹かれあってしまったんだろうな、と。
タイトルの『運命の道』というのは、O・ヘンリーの短編集から。
たしか、どの道を行っても結局は、同じ運命をたどることになる、というお話で、そのコンセプトをお借りしました。
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