砂塵の迷図



1.

砂の王国・アラバスタ。
周囲を砂の海に囲まれた、大陸有数の文明国。
吹く風に砂の上の風紋は刻々と姿を変え、どこまでも続く砂丘の稜線を海原にも似せる。
そんな中にオアシスが点在する国。
果てしなく続くかと思われる砂丘。
気まぐれに砂嵐が吹き荒れ、”砂食い”などの怪物も出現する。
それを越えると海があり、それのまた向こうには大陸と、多くの国があると旅人たちは言った。

首都・王宮。通称”風の宮殿”。
「ルフィー!!どこ行ったのーーー!!!」
今日も教育係のナミの怒声が響き渡る。
「ナミ様、また王子様をお探しですか?」
あまりの剣幕にすれ違う兵士や女官がおそるおそるといった感でナミに尋ねる。
「そうなのよ!また!教育係をおおせつかったこっちの身にもなってほしいもんだわ!・・あ、ルフィのこと見かけたら捕まえてね!」
王族の末流につらなる家のナミは、その知能の高さをかわれて王子であるルフィの教育係をしていた。・・とはいってもほとんどお目付け役といったほうが正しい。

オレンジ色の肩までの柔らかそうな髪、大きくてちょっとつりあがったきらきらした瞳、10人いたら10人が美人と認めるであろう顔とすらりとした肢体。
それを包むのは、きゅっとくびれた腰も露な、衣装とカゲロウのようなベール。
しかし、その儚げでさえある容姿に騙されてはいけない。
それはこの宮殿に住むものがよーく知っている事柄であった。

シャランシャランとナミが身につけてるバングルやら装飾品がタイルをしきつめた壁や床に反射した音が通り過ぎていってから。
風塵よけに廊下の隅に置かれた緞帳の隙間から2つの黒い頭がひょっこり顔を出した。
「今のうちだ!ウソップ。」
「おお!行くぜ!ルフィ!」

行き交う女官や役人、始終目を光らせている衛兵の目をかいくぐって2人は王宮の廊下を駆け抜ける。
そのまま王宮の周りに張り巡らされている塀に辿り着くと、丁寧に2、3個の石をどかす。
ほどなくぽっかりと人が通れる穴が開く。2人しか知らない、秘密の抜け道だ。
抜け出た後はまた石を積み上げて渇いた土を摺りこみ、カムフラージュすることも忘れない。

「「よーし!脱出成功!」」
ウソップとルフィは顔を合わせて笑いあった。
ウソップはこの王宮の中で唯一の遊び友達だった。
その父親はルフィの叔父の部下で今は異国に交易に行っている。
いつか・・・いつか2人でお互いの父親たちのところへ行ってみたいというのがルフィとウソップの夢だった。
ひょうきんな顔立ちのムードメーカーで一見、臆病そうだけど実は人一倍人を思いやることができるから、現時点でルフィが一番信頼している「仲間」だった。

こうして、こっそり王宮を抜け出しては街に出る。
それはここ何年か続けている遊びだった。
王宮では見られない人の暮らし、食べ物(これの魅力が大きかった)。
風の宮殿の前は大通りがある。
それに、宮殿の通りに面した側には、あちこちに小さな窓があってそこから道行く人々が見渡せる。
それでも実際に街に出てみるのとは全然違う。

先のことはわからないし正直、国を治めることがどういうことなのか、自分がすべきことがどういうことなのかなんてわからないけれど。
今の所、漠然と・・・本当に漠然とだがそういうことが大事なのだとルフィは思っている。
が、表立って街を見たいなんて言ったら、護衛をじゃらじゃらつけられて鬱陶しくて仕方ない。
だから、今のところは抜け出しているのは、2人だけの秘密だった。(ナミは薄々、勘付いているようだったが。)

市街地に入る。
街の中でもルフィの好きなのは食料品をあつかう通り。
店というよりバザールといったほうが近いそこは、ある通りは看板のかかった店から食欲に訴えるようなよい匂いをただよわせ、またある通りでは路上に簡素な布と台で作った屋台で色とりどりの果物、露店では酒のつまみにもってこいな調理済の食べ物が売られている。
危険な砂漠越えをしなくてはならないこの国でも交易はさかんで異国の食材も手に入る。

日没が近づくと、この国には起こる風がある。

たっぷりと砂を含んだ風は時に目に痛い。
なんとか、布でガードしていたルフィだが恨めし気に呟く。

「おれも、ウソップみたいにゴーグルつけようかなあ。」
「その格好にか?よせよせ、おれならともかく、お前のその格好じゃ似合わん!」
「何だよ、ウソップだっておれとそんな変わんないかっこじゃん。」
「わかってないなあ・・このおれだから似合うんだ!」
そんな他愛ないことを言いあってふざけながら歩いていく2人は、街の少年とまったく変わらない。

ルフィが纏っているのは、腰まですっぽりと隠れる、ヒジャーブと呼ばれるベールだった。
この国には熱射除けと防塵のためにターバンやベールをかぶる習慣があるからルフィには都合がよかった。
特に、ヒジャーブと呼ばれる主に女性がかぶる黒いベールは腰のあたりまですっぽりくるまれる。
市井の少年のような格好の上にそれをかぶればルフィの素性も体型も、時には性別さえも隠してくれた。
一応、防犯は考えているつもりだった。

「ウソップ、腹減った!肉食おう、肉!」
「おう、んじゃ、ちょいと早めだけど食事にすっか。」
2人は行き着けの酒場へと向かう。
その店はウソップが見つけてきたもので、そこの乾し肉と酒が2人のお気に入りの1つだった。
「おや、ルフィちゃん」
顔なじみになった、屋台のおばちゃんが声をかけてくる。
ちなみにこの国でこのルフィという名前は珍しくない。
ルフィが産まれた年の赤子のほとんどは王子にあやかろうと男女問わず名づけられた。
「お?今日はのぞいてってくれないのかい?」
その隣の、威勢のいい、果物売りのおじちゃんも、ルフィとウソップの2人の姿を見ると、相好をくずして声をかけてきた。
「うん、悪ぃ、また今度な!」
少し、すまなそうな顔をして笑いながら、ルフィとウソップは露店の並ぶ通りを歩いていく。

その、通り過ぎざまにふわっと舞った薄いベールとルフィの笑顔をしばし見送っていた屋台のおばちゃんに、怪訝そうに果物売りが声をかける。
「どうした、おばちゃん?」
「うん・・そういや、ルフィちゃんてどこの家の子なんだろうねえって思って。」
「そういや、そうだな。いっつもこの辺じゃ見かけるけどよ、家までは知らねえなあ。」
「どっかしら、品の良さを感じるんだよね。」
「案外、どっかのいいとこの坊ちゃんだったりしてな・・・ってそりゃないか。」
一瞬、うーんと首をひねったが思い直したように、果物売りは笑って言う。
「そうだよねえ、この辺じゃ一番ケンカが強いガキ大将だもんね。」
カラカラと、2人は笑いあってその話題はそれまでになった。
が。
ルフィは気づいていない。
どんなに地味なベールをまとって質素な服装をしていたところで、生来の輝きを持つ目を隠せるはずもなく。
粗削りなところもあるが、その立ち居振舞いはあきらかに人を惹きつけるものであること、通り過ぎたあとで本当はあの中性的な人物は本当は誰なのかと時折話題になっていること。

酒場・”海ネコ亭”。
宿屋も兼ね備えた酒場は、その時間帯にしては空いていた。

既に酩酊しているらしき5、6人の労働者風の男たち。
隅のほうで酒を呑んでる、格好はこの国のものでも異国風の2人連れの男たち。
1人は砂丘よりも淡い色の金髪、一人は緑色の髪。



新しいシリーズです。ルフィが王子様、という設定でパラレル・・一度やってみたかったので・・・。
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